2009年4月13日月曜日

「実現力」の人


きのう(4月12日)午後、いわき市の地域研究をリードしてきた里見庫男さんの葬儀・告別式が営まれた。里見さんはまずもって、いわき湯本温泉旅館・古滝屋の経営者だった。それを基盤にしながら、まちづくり・観光振興、商工会議所・教育・地域研究・文化活動に邁進した。

地域研究と文化活動の分野で私は随分と目をかけてもらった。教えてももらった。「里見旋風」に巻き込まれて、観光振興について考える場に出たり、いわき商工会議所の30年史づくりに参加したりもした。が、私には地域文化のプロデューサー兼コーディネーター・編集者としての里見さんの印象が強い。

経済人にして文化人だったからこそ、この40年近く、常磐湯本の、いわきの文化シーンはダイナミックな展開をとげることができた(もちろんすべてとはいわないが)、とも思っている。

一言でいえば「実現力」。ゼロから発想し、企画し、組織し、行動し、目標を達成する。文化人は発想・企画力は得意だが、ややもすると組織・行動力に欠ける。里見さんはその欠を、経済人としてときに一人で補った。雑誌発行でいえば、財政基盤(広告)の一切を担当する、といった具合に。里見さんはなによりもまず「実現力」の人だった。

いわきに、地元の湯本に必要と思ったことは、陳情・要望の前に市民の力を結集して実現へと動きだす。やがて行政との協働作業へとステージを移す。それが地元・湯本川の改修につながり、野口雨情記念湯本温泉童謡館のオープンへと結実した。

里見さんが関係した、というより組織した市民団体は相当な数に上る。その関係者はほとんど全員が、里見さんの死に驚き、悲しみ、途方に暮れている。葬儀会場のロビーにこんな見出しのついた写真掲示板があった。「みんな後は頼んだぞ!」=写真。この文字を目にした人は一様に里見さんからとんとんと肩をたたかれたような気がしたのではないか。

里見さんは3月26日、転勤族と地元の人間との「人脈形成の場」である定例の集まりの席で倒れた。喪主の息子さんが謝辞のなかで「父は大好きな人たちに囲まれ、大好きな息子に抱かれて意識を失った」と述べた。そのとき、何かふっとつかえがとれたような気がした。最後の最後に里見さんはみんなを集めて自分とのお別れの会を開いたのだったか、と。

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