2008年8月30日土曜日

ミョウガを刈り払う


ここ数日、家にこもったままだ。机にしがみついてキーボードをたたき続ける。人に会わないから気楽かというと、そうではない。タコつぼに入ったように、情報が遮断される。

新聞やテレビのニュースと違って、外へ出ることで生身の体に飛び込んでくる情報がある。茶飲み話や立ち話から知る野菜作りの秘訣だったり、誰かの消息だったりするのだが、日々これらの情報を選択し、咀嚼しながら、人はせわしない時間を生きている。それが、いわゆる世過ぎ身過ぎなのだと、家に缶詰めになったアナログ人間は考える。

昔、仕事で市役所を回っていたころ、人によってはこちらの話に乗ってきて、しばらく議論するようなことがよくあった。そんな相手の1人(OB)と先日、ばったり会った。

私「家で仕事をしてると人に会わないから、世の中のことがさっぱり分からない」。彼「役所も同じ。●○さん(私のこと)が時々来て話していくから、外のことが分かってよかった」。職場にやって来る人は情報という風だったのだ。

その伝でいえば、人に会って話すこと自体、思考のバランスを保つうえで大切な行為になる。それができないとなれば、何かでストレスを緩和しなくてはならない。

庭のミョウガが茂りに茂っている。ヤブカの巣になっているのではないか。ミョウガの子を収穫してしまおう。茎をバッサバッサやったら、すっきりした。ミョウガの子も15個ほど収穫できた。茎は夏井川渓谷の無量庵へ持って行って、三春ネギの溝に敷く。ごみとして出すことはないのだから。

人と同じようにミョウガに会う。私の中では自然もまた大切な情報源である。

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