2009年12月8日火曜日

いとこ再会


いわき市の北端、三和町に住む88歳の義理の叔父が亡くなって、通夜へ行って来た。三和でも田村郡小野町と接する三坂地区。式場は小野新町駅近く、つまりいわき市外だ。夕方、夏井川に沿う県道小野・四倉線を駆け上った。

同じ田村郡、いや田村市から兄夫婦が、首都圏から1人の従弟が車で、2人の従妹が列車でやって来た。孫の病気のために来られない従姉もいた。従妹2人は、坊さんの読経が終わるとすぐ駅へ駆けつけるという慌ただしさ。再会して「やぁ」、別れるときに「じゃぁ、気をつけて」。交わした言葉はそれだけだった。

そろそろ孫ができたり、孫の数が増えたりする年代になった。1歳ちょっとの孫が病気になり、母親である娘と交代で看病しているという従姉の心痛・苦労はいかばかりか。わが孫もこの夏、病気になって3週間入院した。その間、生まれて間もない下の孫の世話を含めて、双方の祖父母がタッグを組んで両親をサポートした。

「今のところ無事」がずっと続くのが一番だが、そうは問屋が卸してくれない。大事に至らないまでも、けがをしたり、熱を出したりといった小事はしょっちゅう起きる。兄の孫の中学生と小学生の2人は新型インフルエンザにかかった。幸い軽症で済んだ。

通夜の帰り、夏井川渓谷の漆黒の道=写真=を進みながら、あれこれ思いを巡らした。わが両親のきょうだいで生きているのは叔母1人、義理の叔母も含めると2人。いずれ順送りで彼岸へ移るから、その時点でいとこたちのつながりも薄れていく。一種の細胞分裂のようなもので、血縁の軸(親―子ども―孫)が一世代下に移ったのだ。

さて、孫たちにはこれからどんなハードルが待っているのだろう。考えても仕方がないことながら、たまに悲観が楽観を上回るときがある。そんなときには、こうおまじないをかける。悲観的に考え、楽観的に行動するのだ、と。

今日(12月8日)もこれから、告別式に出るために夏井川渓谷を駆け上る。叔父の死がたぐり寄せたいとこたちとの再会を胸に刻みながら、叔父を静かに送ろうと思う。

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