2009年12月31日木曜日

大みそか


2009年の最後の日になった。毎日、毎日、同じ繰り返し。これを「無事」という。無事であることの「幸せ」が、年を追って大切なものになってきた。

前にも書いたが、「大事」に至らず「小事」に留まれば「無事」のうちだ。夏の、孫の病気がそうだった。今はピンピンしている。今月、新型インフルエンザにかかった。それもしのいだ。2歳半。大きな壁をよっこらしょと乗り越えて、少し強くなったようだ。

私の、今年の「大事」は北欧を旅行したことだ。初めての海外旅行だ。当欄でそれに関連することを30回くらいは書いたか。100回は無理にしても、あと40回くらいは書けるのではないか。それほど印象が強烈だった。気持ちが「無事」ではいられなかった。カルチャーショックを受けたのだ。

「高福祉高負担」をなぜ北欧の人々が受け入れたのか、「見・聞・読」で少し分かってきた。日本の政権交代も、北欧の視点で見ると、そんなに不思議なことではない。時代がそれを求めるようになったのだ。自民党が負けたのでもなく、民主党が勝ったのでもない。時代が勝ったのだ。

税金の使い方を変える、見えるようにする――。それはいいのだが、「中負担」で「高福祉」は可能か。理想と現実の乖離・矛盾はいつものこと。だが、政治はこの矛盾をどう小さくするか、それに腐心し、利害を調整するのが役目だろう。と、考えるようになったのも、北欧旅行が「大事」だったからだ。

もう一つ、人間以外ではノルウェーのフィヨルド=写真=に強い印象を受けた。いや、圧倒的な迫力で心に迫ってきた。

かの国の国民的文学者にしてノーベル文学賞受賞者のビョルンソンが、ゲイランゲルフィヨルドについてこんなことを言っている。「ゲイランゲルには牧師は要らない。フィヨルドが神の言葉を語るから」。まさしくそのようなことを、世界自然遺産のネーロイフィヨルドを観光して感じたのだった。

「かわいい子には旅をさせよ」という。「かわいくない大人」にも旅は大事だ、と思える2009年だった。

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