2011年7月6日水曜日
高速バス
散歩コースのなかに高速バスの駐車場がある。JRバス関東と、東武バスセントラル。早朝6時ごろだと、バスは11台。時刻表を見ると、もう4時前には駐車場を出発しているバスがある。
ある日、バスの横腹に「がんばっぺいわき」のステッカーが張られてあるのに気づいた=写真。さりげない支援である。「日本は強い国」などといったACジャパンの広告よりはずっといい。
と、書きだしたのはいいが、どうもきのう(7月5日)の話を引きずっているらしい。きょうも地域の片隅のことです。
震災に遭って、一見、大丈夫そうな家が、内部までチェックしてもらったら、当初、外から見た限りの「半壊」から「全壊」に変わった。解体するしかない。先日、関東圏から小名浜の実家に一時帰宅した先輩に会ったら、そのための手続きをしたという。地盤が緩んで家が傾いている。寝泊まりはできるが、それは非常時だからにすぎない。
もともとが藤原川下流の氾濫原、砂地だ。人間と河川のたたかいが続き、川を制御する堤防ができる一方で、砂地を利用した農業が発達した。少なくとも昭和40年代までは農業地帯だった。今はまるで新興住宅地。病院まである。
瓦屋根の“グシ”が壊れて、ブルーシートをかけたままの家が至る所にある。同じ関東圏に住み、いわきの山里に実家がある知人は、雨漏りを修繕しなければならなくなった。結構な費用がかかるという。
家族の問題もあちこちから聞かれるようになってきた。孫も含めた三世代同居の家では、食べ物にバリアができた。ジイバアはジイバアだけで食べて――。小さい子どもを抱える若い親は、自分の両親といえども、食べ物を峻別する。食べ物は本来、家族をつなぐ精神的な滋養のはずだが、今は逆に作用している。「原発震災」がそうさせたのだ。
東電は庶民の精神的・経済的な分断・亀裂・破壊をもたらした。これはもう“犯罪行為”と言ってもいい。そんな心境になりつつある。
それを国策として推進してきた自民党、そして今度の「松本なにがし、菅なにがし」と言いたくなるような民主党の体たらく、モラルハザード。これも、“なにもしない、なにもできない罪”で摘発されるべきではないのか、と思う。
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