2008年4月30日水曜日

左助はえらい


先日の大雨で夏井川河口まで流された残留コハクチョウの「左助」が4月24日、仲間3羽のいる平中神谷字調練場へ戻って来た=写真(左から2羽目)。

<コハクの世話をしているMさんが軽トラに乗せて連れ帰ったのだろうか>
今度会ったら尋ねようと思っていた矢先の早朝、堤防の上を歩いていた私の後ろから、Mさんがえさをやりに軽トラでやって来て、止まった。

「左助を連れ帰ったんですか」
「違うの、自力で戻ったんだ。びっくりした」
左助が流された次の日から、Mさんは調練場と河口の2カ所でえさをやるようになった。そんなある日、左助に
「『おじさん、もういやだぞ。これから雨が多くなるから。上に戻れ』って言ったら、『ガオ』って鳴いたんだ。次の日の朝、(調練場へ)来たらいるんでないの。言葉が通じたのかな」
「通じたんですよ」

左助が仲間のいる調練場まで自力で戻って来たのは、これが初めてだ。途中、六十枚橋の下流あたりまでは遡行しても、それから先へは進めなかった。

老いてなお力を振り絞り、今までできなかったことを成し遂げた左助は、えらい。

左助の世話を始めて7年というMさんは、すっかり左助に元気をもらったようで、
「頑張ります」
大きな声で私に「宣言」した。

2008年4月29日火曜日

シロヤシオの気品



夏井川渓谷の春は忙しい。アカヤシオの花が散ると、シロヤシオ(ゴヨウツツジ)の花が咲き出す=写真。

4月初旬から点々と花をつけ、中旬以降は全山ピンク色の点描画となったアカヤシオだが、ほかの木々の芽吹きと同時に花を散らし始め、4月27日の日曜日にはほぼ姿を消した。

渓谷はぽやぽやとした新芽でパステルカラーに染まっている。一番「山のいのち」が感じられる時期でもある。その薄緑色の風景画にところどころ白い点々が見られるようになった。シロヤシオだ。

シロヤシオは毎年確実に花を付けるというわけではない。全山白い点描画になる年もあれば、まったく花が目立たない年もある。アカヤシオのようには安定していないのだ。

例年だと、ゴールデンウイークに入ってから開花する。5月の花と言ってもよい。ところが、今年は少々開花が早い。いや、アカヤシオもそうだが、全般に植物の開花が早まりつつある印象を受ける。地球温暖化の影響がここにも及んでいる――そう危惧せざるを得ない。
アカヤシオの花時には行楽客が殺到する。ゴールデンウイークには「花より観光施設」なのか、シロヤシオは行楽客の目にもふれずひっそりと咲いているだけである。それがいっそう私には好ましい。「アカヤシオの艶麗」のあとには「シロヤシオの気品」が際立つ。

2008年4月28日月曜日

「川前のカツラ」がすごい


これから何日かは「植物紀行」になるかもしれない。あしからず。

夏井川渓谷の少し上流、いわき市川前町の川前駅近く、夏井川右岸にカツラの巨木がある。市川前支所のだれか(地域振興担当員?)が先日、「川前のカツラの花が満開」とPRしていたのを、いわき地域情報総合サイト(「いわきあいあい」)で知った。

それによると、カツラは同支所から約100メートル上流の右岸にあり、十数本が密生しているように見えるが、根元は一つだ。雌雄異株で、川前のカツラは雄株という。花が終わると新緑が美しい。そう言われてもピンとこない。 この目で確かめることにした。

ほぼ2週間前(4月13日)、雨の中を見に行く。川前駅へ通じる橋の上から上流を見やると、それらしい木があった。が、雨に濡れてまで観察する執念は持ち合わせていない。

で、2回目。4月27日の日曜日、「夏井の千本桜」を見に行った帰りに、今度は左岸・県道側からじっくり観察した。カツラは確かに幹が十数本並び立っていて、鮮やかな新緑に包まれていた=写真。

福島県内には国指定天然記念物の「赤津のカツラ」(郡山市湖南町)がある。高さ25メートル、幹回り9メートル、推定樹齢350年という。いわき市の保存樹木・田人町旅人字和再松木平のカツラは高さ11.7メートル、幹回り3,5メートルというから、スケールは「赤津のカツラ」の半分以下だ。この「川前のカツラ」はまず、「田人のカツラ」をはるかにしのぐのではないか。「赤津のカツラ」ともいい勝負になるのではないか。

いわき市の天然記念物にも、保存樹木にも指定されていないノーマークの大木だ。初めて見る人はただただ圧倒されるに違いない。それほどの重量感がある。川前のお宝(地域資源)としては一級品だろう。この新しい巨木の「発見」で、川前に人の耳目を集める「新しい物語」が生まれる可能性が出てきた。という意味では、有意義な観察になった。

「川前のカツラ」は今すぐにでも市の天然記念物にしていいのではないか。

2008年4月27日日曜日

夏井の千本桜


田村市の大滝根山を水源とする夏井川は、67 キロ先のいわき市・新舞子海岸で太平洋に注ぐ。夏井川渓谷(いわき市小川町上小川字牛小川)はほぼその中間に位置する。マイカーなら平の街も、隣の小野町も同じ「30分圏内」、行きやすい。

小野町の「夏井の千本桜」が見ごろだという。土曜日、私は夏井川渓谷の無量庵に泊まった。日曜日、カミサンが一番列車で江田駅に降りた。カミサンを拾い、そのまま車を飛ばして千本桜へ直行する。朝7時半過ぎには千本桜が花盛りの夏井川の岸辺に着いた=写真。

夏井川の堤防が完成したのを記念して、地元の人たちが延々5キロにわたってソメイヨシノを植えたのが生長し、ちょうど観賞するのにいい樹齢になった。テレビなどで紹介されるケースが増えたこともあって、花時には各地から詰めかけたマイカー客などでごった返す。混雑に巻き込まれるのがいやだから、早朝の花見行となった。

田村地方を代表する桜といえば「三春の滝桜」だが、ほかにも結構「名木」がある。映画で有名になった船引町の「小沢の桜」、そして人気が急上昇しているのがこの「夏井の千本桜」だ。

私は同じ田村地方の常葉町で生まれ育った。わが実家の町の裏山に、福島県の「緑の文化財」に指定されている「早稲川舘(わせがだて)ザクラ」がある。樹齢700年近いヒガンザクラの大木である。これも「名木」の一つと言ってよい。

「早稲川舘ザクラ」は、私が子供のころは集団遊びの目印のひとつだった。集合場所であり、かくれんぼの基点であり、幼年から少年に変わるときの木登りの挑戦の場でもあった。

そのころは桜の花などにはまったく興味がなかった。だから、小学校入学後の行事かなにかで小学校より高いところにある中学校のグラウンドで見た満開のソメイヨシノ、そして次の年の大火事で一気に満開になった小学校のソメイヨシノのほかは、桜の花に魅せられた記憶はない。

中学校を終えていわき市へ移り、やがて就職・結婚・子供の誕生と一連の流れを経験したあとの、中年にさしかかったころ、だったと記憶する。

たまたまゴールデンウイークに帰省し、町裏のなだらかな畑を過ぎて「早稲川舘ザクラ」に会いに行った。なんとその大木が花をいっぱい付けて待っていたのだ。初めて目にする花盛りの大木。息を飲んでしばし立ちすくんだ。

「夏井の千本桜」からだと、そこまではやはり「30分圏内」。行けばすぐだが、ここは我慢して、30分ほどいて渓谷へ引き返す。だれかが無量庵を訪ねてくるかもしれないからだ。

「早稲川舘ザクラ」は咲き始めたろうか、満開になったろうかなどと、心は大滝根山の上を行ったり来たりした。

2008年4月26日土曜日

カラス営巣


毎日、ほぼ同じコースを散歩していると、けし粒くらいでも風景の変化が目に止まる。

国道6号バイパス終点の夏井川橋そば。堤防からそれて平中・下神谷(かべや)の住宅地へ戻ろうかというあたりの対岸(右岸)にある木のこずえの真下、幹と枝のまたにシミのような「逆三角形」が見えた。双眼鏡を向けると親ガラスがいる。既に産卵して温めに入ったのだ。

ある日の夕方、いつもの散歩コースを変更して、三脚に望遠レンズを装着したデジカメをかついで橋を渡った。眼下に広がるヨシ原のどこかでキジが鳴いている。橋上からうまく見つけられたら、それこそ「鳥の目」で面白い写真が撮れそうだ。

右岸が真下に見えてくるとおばさんが2人、草むらで菜の花を摘んでいた。橋を渡り、河川敷に下りる。随分広い。何年か前、ごみの不法投棄が発覚した場所だといえば「了解」、となる人もいよう。

ゆっくりゆっくり営巣している木に近づく。芽吹いた緑から巣のある木はヤナギの高木と分かる。が、よく見るともう一本、約20メートル離れた裸木にも巣があって、カラスの尾羽がはみ出している=写真。ヤナギの巣は裸木の三分の一ほどだ。カラスが抱卵している気配はない。つくりかけのまま放棄された――そんな雰囲気である。

カラスが巣をかけた裸木は枝ぶりが変わっている。図鑑その他で調べたら、野生化したニワウルシらしい。この木が少しばかり厄介物だと知ったのは後日。いずれそのことは報告したい。

で、カラスの子育てだが――。3年前に上流の右岸(平北白土)で、やはりヤナギの高木に営巣したのを観察したことがある。毎朝、会社へ行く途中、双眼鏡を当てて手帳に記録をとった。

それによると、抱卵に気づいたのは4月13日。それからほぼ3週間後の5月2日あたりにひなが孵ったようである。5月13日の夕方には親ガラスが巣を離れたあと、黒い頭を二つ確認した。6月に入るとすぐ、巣立ったらしい。6月5日以降はまったくカラスの記述がない。

今度も同じような経過をたどるのだろう。あと何日か後にはひなが孵る。さらに1カ月後にはひなが巣立つ。

人間が暮らす社会の隣、堤防でくくられた河川敷にも「生きものの社会」がある。「いのちのドラマ」が満ちている。

2008年4月25日金曜日

アーティチョークを植える




いわき市平のギャラリー「界隈」で4月12日から22日まで、阿部幸洋(いわき市平出身の画家でスペイン在住)の個展が開かれた。駆け出し記者のころ、彼は20歳になるかならないかで、今はない平の「草野美術ホール」で個展を開いた。それを取材して以来(ということは35年以上)、義兄弟の付き合いをしている。

アーティチョークを描いた絵があった=写真右。別名「チョウセンアザミ」。日本のアザミと違ってかなり大きくなる。「外国のアザミ」という程度の意識でその筋の権威が名づけたのだろう。

阿部の知り合いから本物のアーティチョークが個展の会場に届いた。その話になって、「食べたい」と言ったら、阿部が「どうぞどうぞ」と言う。家庭菜園をやっていると、白菜や大根などアブラナ科以外のものを栽培したくなる。ハウツー本に「新野菜」としてキク科のアーティチョークのつぼみが紹介されていた。それが頭をよぎったのだった。

後日、阿部から連絡があった。約束した日に個展会場へ行くと、アーティチョークが2株、白い花が咲けば香りのいいショウガ科のジンジャーが2塊入っている袋を手渡された。さあ、こうなったら人間の都合は言ってられない。翌早朝、起きぬけに夏井川渓谷の無量庵へ車を走らせた。そこにあるわが菜園に植えてやらなくては――。

アーティチョークはすでに長い長い葉を何枚も伸ばしている。通常だと7月下旬あたりに花をつけるらしい。活着したら支柱を添えてやろう。そう考えながら植えて、たっぷりと水をやった=写真左。ジンジャーは球根を切り分けて増やすという。それぞれ半分にして、芽が伸びている方を上にして植えた。

1枚の絵が本物の植物を呼び寄せ、食い意地の張った人間がそれをもらって畑へ運び、さああとはどうなることやら。じっくり観察をつづけることにしよう。

2008年4月24日木曜日

わが家の「特異週」


10月10日は雨の降らない「特異日」。それで、東京オリンピックの開会式が10月10日に開かれた。同じように明と暗が交錯する「特異日」がある。正確には「特異週」というべきか。私が実感するのは4月16~22日の1週間だ。

次男が4月16日に生まれ、カミサンの父親が何年か前の同じ日に死んだ。そして先日、若い友人から電話があった。「娘が生まれました」。誕生日は4月16日だという。

翌4月17日は、私の生まれ育った田村郡常葉町(現田村市常葉町)が昭和31年、大火事に遭った日だ。私は小学校の2年生に進んだばかりだった。阿武隈高地にある常葉町のソメイヨシノは、例年だと4月末あたりが開花期。その年だけは、焼け残った小学校の校庭のソメイヨシノが4月18日に一気に花を咲かせた。桜もやけどするくらいに熱かったのだろう。

4月21日は2人いる擬似孫のうち、長女が誕生した日である。その妹は今年、小学校に入学した。翌4月22日には私の長男の息子、つまり男の孫が昨年、産声を上げた。

男の孫は10カ月になる前から歩き始めた=写真。で、長男のオジがおととい、4月22日の誕生日に「一升もち」をつくった。一升もちを背負っても孫は歩きとおしたのではないか。そんなことを想像しながら、4月22日の夜はわが家でグビッグビッとやった。

そして昨夜(4月23日)はカレー。擬似孫がやって来るときはいつもそうである。擬似孫たちの振る舞いを楽しみながら、またまたグビッグビッとやった。男の孫と、生まれたばかりのまだ見ぬ姫君を思いながら。