秋の長雨と台風で稲刈りが遅れている。台風25号が関東の沖合を通過したと思ったら、26号がほぼ同じコースでやって来た。
幸い途中で勢力が弱まり、予想されたコースが南へそれるらしく、いわき地方は影響を避けられそうだ。
9月27日の日曜日は、2週間ぶりに夏井川渓谷の隠居へ出かけた。その2日前(25日)は晴れ、26日は雨、そして27日は薄曇りときどき薄日の天気だった。
雨がないだけましというか、しのぎよかった。1時間余り菜園の土いじりと草むしりをした。
磐越東線の江田駅を過ぎると、川寄りの田んぼでは稲刈りが終わり、「わらボッチ」がいっぱいできていた=写真。
長雨が続くと田んぼはぬかるんで機械を入れられない。農家では空模様と田んぼの土の湿り具合をみながら、稲を刈るタイミングを計っていたのだろう。
雨の合間を縫って大急ぎで刈り取り、脱穀した――。通りすがりの人間である私も、わらボッチを見てなぜかホッとした。
ほかの田んぼはどうか。マチへの帰り、道々の田んぼを見ると、まだ黄金色の稲穂が広がっていた。
その中で、コンバインが入っている田んぼが1枚、稲刈りが済んだ田んぼがほんの少しあった。
田んぼによっては一部刈り取りが済んだものの、刈り跡にはコンバインがはまったのか、泥田にへこみができて水がたまっていた。
私が子どものころは、根元から稲を刈って束ね、それを天日に干す「はせ掛け」が行われた。
親せきが田んぼの稲刈りをするというので、祖母とともに手伝いに行ったことがある。
刈り田に設けられたはせに架けるための稲束運びである。秋も深まるころ、早い夕闇がきて寒かったことを覚えている。
晩秋はわらボッチのある田んぼで遊び回った。その記憶を重ねると、はせ掛けのあとに脱穀が行われ、残りの稲束を積んでわらボッチにした――そんな流れが見えてくる。
太った巨人のようなわらボッチではなく、刈り田に、三角に組んだ稲わらを立てるやり方もある。何年か前、三和の差塩(さいそ)で見た。
佐賀平野(九州)では、同じようにして7~10日ほど乾燥させたあと、「むしろ」の原料として出荷するそうだ。
わらボッチであれ、わら立てであれ、乾燥した稲わらは縄になり、草鞋になり、堆肥や畑の保温材になった。
私も、カミサンの親せきから稲わらをもらい受け、秋に種をまいて芽を出したサヤエンドウなどの防寒に利用したことがある。
今は刈り取りから脱穀、乾燥まで一挙にやってしまうので、はせ掛けはめったに見かけなくなった。稲わらはこまかく裁断されて刈り田に散らされることが増えた。
わらボッチは、その意味ではもう珍しい光景になった、といっていいのかもしれない。