昨日(9月1日)は久しぶりに青空が広がった。とはいえ、次第に翳って、夕方にはすっかり雲に覆われた。秋の天気は長続きしない。刻々と変わる。先週後半もそうだった。青空の下に入道雲、入道雲の下に黒雲。土曜日(8月30日)午後、常磐から平へ戻る途中に見た東の空は、なかなか騒がしかった。
空の雲は2層に分かれ、高いところをゆっくり動く入道雲とは逆に、水分を大量に含んだ黒雲が低層を東から西へ、あるいは南から北へと早足で動きながら、絶えず姿を変えていた。夕方、散歩へ行くと、黒雲は西の方で高々と成長し、激しく自己主張をしていた=写真。
翌日曜日は朝、曇りがちだったのが次第に晴れて、午後には久しぶりに青空が広がった。さいわい、いわき地方は豪雨を免れた。
朝は雲の裂け目にうっすらと青空がのぞいていた。その下を、北茨城市の天心記念五浦美術館へ車を走らせた。美術館に着いたら小雨がぱらつき始めた。猫の目天気だから仕方ない。急ぎ足で館内へ入る。
「ごんぎつねと黒井健の世界」最終日。運転手役だったのが、夢中になった。見たことがある。というより、読んだことがある新美南吉、宮沢賢治の童話の世界を、黒井健が絵にしている。
自分で文章を書いた絵本の原画もある。『雲へ』。小さかったころ、空を飛んだことがある「ぼく」。その少年が空を飛びながら、地上を眺めている。半分は雲の上にいて天上の世界をのぞき、半分は雲の下で下界を眺めている。
これは死んだ「ぼく」だ。初めて死を意識した少年の心象だ。「ぼく/そらを とんだことが あるよ/ほんとだよ/ずーっと まえ/くもまで いってきた」。孤独と沈黙の死の世界から、下界を、生の世界をのぞいて、痛切に生きることの大切さを思う。言葉にしたら、そんな人生最初の根源的体験を具象化したのだろう、と思った。
「ぼく そのあと/なんども とんでみようと/おもったけど/もう とべなかった/でもね くもまで いったのは/ほんとだよ」。内部のリアリズムではそうなる。
売店で『雲へ』と、賢治の詩に絵を添えた『私のイーハトブ』を買った。いろんな雲が描かれている。黒井健は「雲の画家」だった。
空の雲は2層に分かれ、高いところをゆっくり動く入道雲とは逆に、水分を大量に含んだ黒雲が低層を東から西へ、あるいは南から北へと早足で動きながら、絶えず姿を変えていた。夕方、散歩へ行くと、黒雲は西の方で高々と成長し、激しく自己主張をしていた=写真。
翌日曜日は朝、曇りがちだったのが次第に晴れて、午後には久しぶりに青空が広がった。さいわい、いわき地方は豪雨を免れた。
朝は雲の裂け目にうっすらと青空がのぞいていた。その下を、北茨城市の天心記念五浦美術館へ車を走らせた。美術館に着いたら小雨がぱらつき始めた。猫の目天気だから仕方ない。急ぎ足で館内へ入る。
「ごんぎつねと黒井健の世界」最終日。運転手役だったのが、夢中になった。見たことがある。というより、読んだことがある新美南吉、宮沢賢治の童話の世界を、黒井健が絵にしている。
自分で文章を書いた絵本の原画もある。『雲へ』。小さかったころ、空を飛んだことがある「ぼく」。その少年が空を飛びながら、地上を眺めている。半分は雲の上にいて天上の世界をのぞき、半分は雲の下で下界を眺めている。
これは死んだ「ぼく」だ。初めて死を意識した少年の心象だ。「ぼく/そらを とんだことが あるよ/ほんとだよ/ずーっと まえ/くもまで いってきた」。孤独と沈黙の死の世界から、下界を、生の世界をのぞいて、痛切に生きることの大切さを思う。言葉にしたら、そんな人生最初の根源的体験を具象化したのだろう、と思った。
「ぼく そのあと/なんども とんでみようと/おもったけど/もう とべなかった/でもね くもまで いったのは/ほんとだよ」。内部のリアリズムではそうなる。
売店で『雲へ』と、賢治の詩に絵を添えた『私のイーハトブ』を買った。いろんな雲が描かれている。黒井健は「雲の画家」だった。
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