2012年1月14日土曜日
正月異変
年末年始の“定番報道”がある。仕事納めの12月28日あたりから「正月帰省」が始まる。地方のテレビ・新聞は「帰省ラッシュのピーク」などと報じる。正月三が日のあとは、逆に「帰京ラッシュ」が報じられる。
盆と正月にはふるさとへ帰る――それを前提にしてマスメディアは動く。おおかたはその通りだろう。年末、マスメディアは駅のホームでじいばあが孫を迎える瞬間を待つ。子ども一家が列車から降りてくる。じいばあのところへ孫が小走りに寄って来る。正月は逆だ。列車に乗り込んだ孫たちをじいばあがホームで見送る。
正月はさぞ楽しかったことだろう。とりわけ、食卓はにぎやかだったことだろう。しかし――。家によってはすしをとって食べる、というのが恒例だが、今年は様子が違っていた。
近所の料理屋の話では、すしの出前注文が少なかった。理由は? 放射能のせいで帰省する子供一家が減ったのだ。ならばこちらから孫に会いに行こうと、首都圏へ向かうじいばあがいたという。高速バスを利用したじいばあは車窓に映るスカイツリー=写真=に目を丸くしたことだろう。
田舎の家が正月に無人になるなんてことは、皆無ではないがあまり考えられない。昨年までと今年の違いはただ一つ。繰り返すが放射能だ。放射能が家族を、盆と正月の里帰りを分断した。
隣の行政区では正月恒例の「鳥小屋」行事を取りやめた。松の明けた7日早朝、孟宗竹と稲わらで方形につくった「鳥小屋」に家々の正月飾りを入れて燃やす、いわき地方独特の正月行事である。”お焚き上げ“をすれば放射能をまき散らすという自粛がはたらいた。
どこを切っても、なにをしても放射能の影響が立ちあらわれる。放射能のタチの悪さ、始末の悪さだ。
これからまだまだいろんな場面で放射能の問題が露出するだろう。想像力を超える、人的・物的破壊をもたらすのが放射能なのだということを思い知らされるだろう。地域の片隅に暮らしているだけで、そんな懸念・怒りに時折、支配される。
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