2020年11月16日月曜日

空飛ぶハクチョウに首環が

 きのう(11月15日)の朝8時半前――。家から車で平の「神谷(かべや)耕土」(今は刈田になっている)へ出ると、ハクチョウが西から次々にやって来る。旋回するグループもあれば、そのまま東へ飛んで行くグループもある。

 助手席のカミサンがカメラを向けて1コマだけ撮った。「車を止めてよ」。後続車があるので止めるわけにはいかない。広い道路に出て車を止め、カミサンが撮った写真を見ると、青空しか映っていない。

そこへまた別のグループが現れた。運転席からフロントガラス越しにカメラを向ける間もなく上空を通過した。シャッターチャンスを逃した! そんな気持ちを抱えながら車を進めていると、平・上平窪の刈田でえさをついばんでいる一群がいた=写真下。

農道のそばだ。車を減速して近づける。カミサンがカシャ、カシャやっても動じない。ハクチョウに限らない。野鳥は一般に、人間を恐れても車には鈍感だ。ハクチョウはえづけされているため、岸辺に人間が現れるとえさをもらえると思って、近寄って来さえする。

さらに小川・三島に入ると、道路そばの夏井川にハクチョウが何羽か羽を休めていた。ここは道路から川まで段差がある。道端に米を入れる紙袋があった。ハクチョウのえさが入っているのだろう。そばの家の人が毎朝、えさをまく。何年か前に一度、遭遇して話を聞いたことがある。

 神谷で、平窪で、三島でハクチョウと出合った。それだけでもよしとするか――。夕方、夏井川渓谷の隠居から戻って、パソコンに撮影データを取り込み、カミサンが朝一番で撮影した青空を拡大すると、驚いた。14羽のハクチョウがほぼ一直線になって飛んでいる。

 それをさらに拡大して1羽ずつ見る。先頭から4番目のハクチョウの首に青い環(わ)が付いていた。トリミングして拡大したのが冒頭の写真。2番目のハクチョウに、やや長めの首環が付いている=写真上。

 もうひと昔前になる。「緑色の首環と足環を付けたハクチョウがいる。首環には細いアンテナが付いている」。平成22(2010)年2月3日の節分の日に、塩と中神谷の境でハクチョウにえさをやっていた「白鳥おじさん」(2012年に死去)に教えられた。首環の発信機と通信衛星を利用してハクチョウの渡りのルートを調べるのが目的だったのだろう。

日本野鳥の会いわき支部によると、同21(2009)年10月、北海道・網走のクッチャロ湖で「169Y」の首環・足環を装着されたコハクチョウだった。

 緑色なら日本で装着されたハクチョウだとわかる。今度のハクチョウの首環は、どう見ても緑色ではない。ロシアなら赤色。青色は? どなたかご教示を。 

2020年11月15日日曜日

自然観が変わりそう

                                    
 いわき総合図書館の新着図書コーナーに、齋藤雅典編著『菌根の世界――菌と植物のきってもきれない関係』(築地書館、2020年)があった=写真。さっそく借りて読み始めると、すぐこんな文章に出合った。

菌根菌(キノコなど)は「陸上植物の約八割の植物種と共生関係を結んでいる。菌と植物の共生である菌根が地球の緑を支えていると言えるだろう」

 出合い頭の衝撃だった。マツタケは松の根と共生しているマツタケ菌から発生する、ほかにも植物の根と共生している菌根菌はいっぱいある、といったことは承知していた。が、この大地を覆う植物の約8割が菌根菌と共生しているとは、その共生関係が地球の緑を支えているとは――。

自然科学の分野では、植物は植物学、キノコはキノコ学(菌類学)と切り分けられる。その成果を享受する私たちも、植物を、キノコを、共生関係を抜きにして単独で見る。しかし、それではあまりにも単純すぎる。植物と菌の共生関係をベースにした見方・考え方へと自然観をシフトする必要がある――いきなりそういわれたように感じた。

菌と植物はどう協力しあっているのか。菌が土中のリン酸や窒素を、菌根を通して宿主である植物に供給する。宿主は光合成で得られた炭素化合物を、菌根を通して菌に提供する。単純にいえば、そういうことになる。

キノコ図鑑には、植物=生産者・動物=消費者・菌類=分解者、自然界はこの生産~消費~分解の循環で成り立っている、と書かれている。確かにその通りだろう。が、植物と菌類の共生関係を中心に据えると、分解は菌類の主な機能にはちがいないが、すべてではないことがわかる。

シイタケやヒラタケは樹木を腐朽させる。森の倒木は菌類に分解されてなくなり、ほかの生きものが必要とする栄養に還元される。と同時に、植物とキノコが協力し、連携して緑を増やし、人間や動物の食料となる子実体(キノコ)を生む。なかには猛毒菌もある。要するに、分解だけでなく創造にも関与しているのだ。

夏井川渓谷にある隠居の庭に絞る。立ち枯れの木がある。ヒラタケやアラゲキクラゲが発生する。これは分解。モミの若木の根元にアカモミタケが、シダレザクラの樹下にアミガサタケが発生する。こちらは植物の根と菌の共生がもたらした創造。土の中に形成されるマメダンゴ(ツチグリ幼菌)もまた菌根菌だ。少なくともわが隠居の庭では、分解による恵みよりも創造による恵みの方が、種類も量も多い。

渓谷では早春、ツツジ科のアカヤシオ(岩つつじ)が咲く。「エリコイド(ツツジ型)菌根は、ツツジ目ツツジ科あるいはエパクリス科(オーストラリアを中心に南半球に分布)の植物にある種の子嚢(しのう)菌が共生して形成される」という文章には、ハッとさせられた。

アカヤシオもまた、菌根を通じて菌と共生しているのではないか。土壌の少ない岩場でも生きていられるのは、菌という協力者がいるからではないか――。

自然とはなにかを、植物の「種子」という目に見えるレベルではなく、菌類の「胞子」という目に見えないレベルから考え直す。キノコに引かれ、キノコの本を読み続けているうちに、だんだんそうなってきた。そしてまた、この本で一段とその思いが強くなった。

自然を成り立たせている緑の大部分が共生関係でできている。これは、ある意味で互いに「利他」を生きている、ということだろう。微生物から人間に至るまで、いのちはそういうふうにできている? 共生の視点で自然や世界を見直すのもおもしろい。そんな気持ちがふくらんできた。

2020年11月14日土曜日

白菜漬け第2弾

        
 10月から11月に暦が替わるころ、もらった白菜1玉を八つ割りにして漬けた。白菜は(ほかの葉物野菜もそうだが)、塩をかぶって水分が抜けると小さくなる。まさに青菜(あおな)、いや白菜(しろな)に塩。

 途中で、甕(かめ)にしみ出た水分の表面に白い膜(産膜酵母)が張った。塩分が足りなかったり、室温が高かったりするとそうなるらしい。私の白菜漬けはその両方だろう。白菜自身も乳酸発酵が進んで酸味が強くなる。残りをタッパーに移して冷蔵庫にしまい、酸味を抑えながら食べた。

 最初の1玉がなくなるころ、また白菜が1玉届いた。いわきの山間部・三和産だ。これも八つ割りにして漬けた。最初の白菜漬けのとき、前に干しておいた柑橘(かんきつ)類を風味付けに使った。皮が厚いから夏ミカンだったかもしれない。

今年の柑橘類が欲しい。一番はやはりユズ。ユズは皮をむいて、生のままみじんにして白菜にちらす。今の時期はそれに代わるものを使うしかない――とブログに書いたら、さっそく後輩がユズを持ってきてくれた。

 2回目は食塩、昆布、激辛トウガラシのほかに、ユズを1個添えることができた=写真。いつもは一度に2玉漬けていたから、1玉では漬け込み作業がすぐ終わる。1回目もそうだが、なんとなく中途半端な感じがした。

 3日たって水が上がり始めたことを確かめる。おととい(11月12日)朝、甕をのぞくと白菜は水の中に沈み、表面には早くも産膜酵母が張り始めていた。これは急がないと――。まずは試食をして、塩がなじんでいることを確かめる。少し数が減ったら、タッパーに詰めて冷蔵庫にしまうことにする。

 減塩による産膜酵母は、ある意味しかたがない。しかし、まだ暖房器具も使っていない台所で白い膜が張る以上は、北側の階段下(といっても室温が極端に低いわけではないが)、そこへ移すしかない。

 阿武隈の山里で育った。冬の漬物は家の裏、物置の樽(たる)に入っていたのではなかったか。白菜からしみ出た水も凍るような寒冷な場所だ。そこで白菜はゆっくりと熟成する。わが家では“寒冷度”が足りないのだ。

 白菜のほかに、青菜の漬物を食べた記憶がある。農文協刊の『聞き書福島の食事』に、「阿武隈山地の食」が載る。わがふるさとをフィールドにして、聞き書きをした。たくあん、白菜漬けのほか、「へら菜」と「たい菜」の漬物が紹介されている。

 へら菜とたい菜は違うのだろうか。ネットで検索すると、へら菜の正式名称は「雪白体菜(せっぱくたいさい)」、しゃもじ菜・たい菜・ゆり菜などさまざまな呼び名がある、漬物にすると歯切れがよく、乳酸発酵が進み、古漬けはべっこう色になって風味が増す、とあった。

 それを食べたのだったかどうかは、今となってはわからない。が、土地で栽培された野菜を保存食(漬物)にするのは、その土地の人々の知恵だ。

日露戦争後、兵士が中国北部から種を持ち帰ったのが、日本での白菜栽培の始まりだという。白菜漬けが寒冷な東北地方に浸透するのは、それ以後。私が子どものころ、すでに白菜漬けは主流だったが、その前は青菜系が冬の漬物だったのだろう。白い菜の漬物と青い菜の漬物の記憶が混在しているのは、そんな“歴史”が根っこにあるからかもしれない。

2020年11月13日金曜日

ボタニカルアート展へ

        
 いわき民報に月1回、画家の冨田武子さんが「いのちを描く――ボタニカルアートの世界」と題して、絵と文章を寄稿している。私もその隣で、「あぶくま、星の降る庭」と題して、写真付きで文章を書いている。

「あぶくま――」は2013年3月に始まった。虫をテーマに連載していた知人が急に入院した。短期のピンチヒッターだったのが、そのまま今に至っている。知人は間もなく回復し、同紙の別の欄で連載を再開した。

 冨田さんはいわきキノコ同好会の会長、私は発足時からの会員ということで副会長を務めている。この7年近く、隣り合わせの連載で注意してきたのは、テーマがダブらないようにすることだった。季節に合わせてキノコのことを書いたら、冨田さんも同じキノコを取り上げていた――では目も当てられない。

 そんな縁もあって、先日(11月8日)、いわき市泉町のアートスペース泉で開かれている冨田さんの「ボタニカルアート展」を見てきた(11月24日まで)=写真上1。

いわき民報に載った植物やキノコは印刷の制約もあってモノクロだが、原画は鮮やかなカラーだ。植物の花やキノコが精密なタッチで描かれている。同時期に咲く野の花とキノコを組み合わせた作品には、冨田さんの自然環境への思いがこもっている。なかに、毒キノコのオオシロカラカサタケの作品があった。「キノコでは、それが一番新しい作品」と冨田さん。

 今年(2020年)9月19日のいわき民報に、冨田さんによって毒キノコ(オオシロカラカサタケ)が泉町の住宅の庭や畑で確認された、誤って採取しないようにといわきキノコ同好会が呼びかけている、という記事が載った。さらに、10月の「いのちを描く――」でも、冨田さんはこのキノコを取り上げた=写真上2。

 オオシロカラカサタケはほかの南方系のキノコ同様、温暖化の影響で北上中らしい。日本では関西を中心に分布し、いわき市内ではハウス内での発生は確認されていたが、野外では未確認だったという。

食毒を越えてキノコの生態を調査・研究する、人命にかかわる毒キノコだからこそ、詳しい調査・研究・広報が必要、細密画もその一環――と理解すると、冨田さんの作品がより身近なものになる。

会場には「いのちを描く――」の一部(新聞コピー)と、日本産トリュフ(ホンセイヨウショウロ)の発見を伝えるいわき民報(2018年7月10日付)も展示されていた。いずれもいわきの山野に息づく“隣人”たちだ。

拙ブログで何度も書いているが、人間は自然にはたらきかけ、自然の恵みを受けながら暮らしている。ときには大きなしっぺ返しを受けるとしても、自然をなだめ,畏(おそ)れ、敬いながら、折り合いをつけてきた。その関係を原発事故が断ち切った。

私の「あぶくま、星の降る庭」も、放射性物質で汚染されたふるさと・阿武隈高地の人間と動植物たちの屈する思いを伝えるのが目的だ。森のキノコは今も摂取がかなわない。

ボタニカルアートやネイチャーライティングを通して、自然と人間の関係に思いをはせる人が1人でも2人でも増えれば、と思う。

2020年11月12日木曜日

「満天の星空」だって?

        
 40年近い記者生活の習慣が、その後も続いている。文章を書く(打ち込む)ときの“バイブル”は、共同通信社発行の『記者ハンドブック――新聞用字用語集』だ。「誤用」してないか、「常用漢字」かどうか、の確認に欠かせない。

会社を辞めて3年半後、東日本大震災が起きた年から足かけ7年、今は医療系の大学に変わったいわきの大学で「マスコミ論」(のちに「メディア社会論」)を担当した。学生に言い続けたのは、自分の体験と知識を「教える」のではなく「伝える」だけ、あとは自分で考えを深めてほしい、ということだった。

新聞の用字・用語の話もするので、当時最新版の『記者ハンドブック』(2011年1月発行)を購入した。今もそれを座右に置いている。『広辞苑』その他の辞書とは別に、大手メディアにはそれぞれ独自のハンドブックがある。地方紙や地域紙は共同通信のハンドブックに従う――そんなことを学生に伝えた。

前置きが長くなった。なんでこんなことを書く気になったかというと、NHKのニュースで「満天の星空」という言葉を耳にしたからだ。コロナ禍で利用客が激減した航空会社が、同じ飛行場を飛び立って、同じ飛行場に戻る星空観察会を企画した。夜間飛行である。外と同じ星空を機内に映し出す。その旅客機が「満天の星空」号だった。

「満天の星空」は「富士山山(ふじさんやま)」と同じで、天と空がダブっている。正確には「満天の星」号だ。

 この誤用はハンドブックの「誤りやすい用字用語・慣用句」には載っていない。つまり、ハンドブックに載るまで誤用は広がっていない、ということなのだが、いつまでもそうとは言い切れない。

NHKは“満天の星空”と、チョンチョン付きながら固有名詞扱いをして誤用に目をつぶった=写真。前に、記者が「満天の星空」とレポートしたことがある。それで、とうとうNHKも「満天の星空」は社会に定着したと判断したか、と思ったが、そうではなかった。ネットで“検証”すると、NHKのほかのニュースは「満天の星」だった。

しかし、チョンチョン付きでも字幕に間違った言葉が載ると、誤用が拡散されかねない、という思いは残る。

とまあ、ひとくさり語ったところで、ほかの「誤用」も思い出した。若いときに「けんけんがくがく」と書いて直された。「けんけん」ときたら「ごうごう」、「がくがく」なら「かんかん」。「かんかんがくがく(侃々諤々)」と「けんけんごうごう(喧々囂々)」を“合成”してしまった。ついでながら、「口やかましく騒ぎ立てるさま」が「けんけん――」、「正論を吐いて屈しないさま」が「かんかん――」とハンドブックにはある。

「雨模様」、雨はまだ降っていない状態だが、雨まじりのようなときに使われる例が増えた。「古来より」は「古来」のなかに「より」が含まれているから、「古来」で十分。

メディアの文章は口語体が基本。時間や場所の起点を示す「~より」も「~から」が正しい。

 最近、何かで聞いたか、読んだかした例にこんなのがあった。「持病もち」。「持病」か「病気もち」でいい。

 そうそう、来年(2021年)は東日本大震災から11年目、同3月11日は満10年の節目の日だ。先日、福島県内のNHKと民放4局が結集して、共同キャンペーン「福島to2021―あれからと、これからと→」を展開することが発表された。どこかの局に、満10年(来年)と10年目(今年)をごっちゃにしていたキャスターがいたような……。

2020年11月11日水曜日

人面カメムシとアカミゴケ

                                   
   夏井川渓谷の隠居へ行くと、まずは雨戸を開ける。雨戸を戸袋にしまうころには、畳の上にカメムシがたくさん落ちている。ガラス戸にもいっぱい張り付いている。日曜日以外は閉鎖状態だから、外敵の心配はない。雨戸の溝、座布団のすきま、衣紋掛けの服の内側、物置のゴザの内側と、カメムシは至る所にもぐりこんで寒さをしのぐ。隠居は冬、カメムシの集団越冬地になる。

 カメムシは刺激すると強烈な悪臭を放つ。畳の上でうごめく彼らを外へ出すにはホウキが一番だが、雨戸を閉めると再びどこからか忍び込んでくる。

 そんな虫たちでも、おやっと思うことがある。日曜日(11月8日)に雨戸を開けていると、ガラス戸の柱に1匹、細長い人面を思わせるカメムシの仲間が止まっていた=写真上1。この虫は逆さに止まっているときの方が、より人面に近い。上(虫からいうと尾)が黒い頭部、その下に黒い目がある。さらにその下、灰色に囲まれた黒い鼻、大きな黒い口。見た目の頭部と目の間が白いほかは、ふちがほんのり赤い。だまし絵を見ているようだ。

なにかで似たお面を見たような……。モジリアニがアフリカの原始的な芸術に引かれていたことを思い出す。ネットで画像を検索すると、おもしろいお面がいっぱい出てきた。パプアニューギニアの「戦死者のお面」などは、形状も色彩もよく似ている。それだけではない、モジリアニの描く人物、特に「黒いネクタイをした女」の細長い顔は、アフリカのお面が原形ではないのか。

オオホシカメムシ、漢字では「大星亀虫」と書く。普通に頭を上にして止まっていても、このカメムシは大きな口を持った人面に見える。上から見ても、下から見ても――と、こちらは勝手にあれこれ解釈するが、そんな解釈を可能にするような「外装」はどこから、なにによって生まれたのだろう。生きものの「外装」と、人間がつくるお面の「意匠」が似通っているのは偶然か。

 それともうひとつ。庭にある木製のテーブル(板を3枚並べただけのもの)に、キノコともカビともつかないものが生えていた=写真上2。草刈りに来た後輩、紅葉見物のペルー人女性とコーヒーを飲んでいて気がついた。

接写してデータを拡大し、細部をスケッチしてネットで検索した。「キノコ」にも、「カビ」にも似たものはない。再度データを拡大してチェッすると、テーブル板のへりがコケのようなものに覆われている。「コケの仲間 先端赤い」で画像を検索すると、すぐわかった。

 最初はユオウゴケ(硫黄苔)かと思ったが、ユオウゴケは温泉地に生える。渓谷に温泉はない。似たものにアカミゴケがある。コアカミゴケもある。どちらかだろう。形状はキノコのミニチュア版で、柄は髪の毛くらいに細い。先端の傘の部分が赤く膨らんでいる。そこでつくられた胞子が外界へ飛び立つ。高さはせいぜい1センチちょっと。それが赤い帽子をかぶって一列に並んでいる。

名前にコケが付いているが、コケではない、地衣類だそうだ。ネットの解説によると、地衣類は菌類と藻類が共生して一つの体をつくっている。菌類は光合成ができない。菌糸でつくられた構造の内部に藻類が共生しており、藻類がつくる光合成産物によって菌類が生活している。要するに、半分はキノコ、半分は植物、という不思議な存在。渓谷は、いや自然はいつも驚きに満ちている。

2020年11月10日火曜日

渓谷で人と話す

日曜日(11月8日)はやや風が強かったものの、よく晴れて行楽日和になった。夏井川渓谷は朝からマイカーが行き交い、紅葉を楽しむ人たちでにぎわった。籠場の滝~錦展望台付近は、アマチュアカメラマンが思いおもいに陣取り、谷のカエデや対岸の紅葉を写真に収めていた。

JR磐越東線江田駅前も終日、行楽客でにぎわった。早朝8時、同駅前を通ると、田村郡小野町のNさんが奥さんと直売所を開く準備をしていた=写真。1週間前、曲がりネギを注文した。ネギを受け取りながら、いわき民報の「夕刊発・磐城蘭土紀行」の話で盛り上がった。

拙ブログは5月中旬以降、古巣の夕刊(いわき民報)と連動し、「夕刊発――」として随時、活字化されている。Nさんの直売所の話が10月31日に載った。その新聞を渓谷に住むKさんがNさんに進呈した。

11月7日付は続編で、10月31日付を読んで直売所を訪ねた人がいる、新聞が人と人とをつなぐ触媒になった、という話を書いた。が、第三者を介した情報のため、私自身、正確に事実関係をつかんでいたわけではなかった。おとといの日曜日に直接Nさんと話し、Kさんに会って、「夕刊発――」を介したやりとりを確かめた。

10月31日付を読んで直売所へやって来た人が何人かいる。知人のYさん(四倉)もそうだったかどうか、今となっては自信がない。が、直売所を訪れたYさんにNさんが言った。「もし知りあいなら、記事にしてくれて感謝している、よろしく伝えてください」。伝言を託されたYさんはさっそく、わが家へやって来た。以上が第一幕――。

第二幕ははからずも“国際交流”になった。隠居に着くとほどなく、後輩がペルー出身の女性とやって来た。実は早朝、メッセージが入って草刈りをするという。女性は彼のスペイン語の先生で、紅葉が目当てだった。

その間、私は近所のKさん宅を訪ねて、お茶をいただいた。家の裏の杉林では憩いの場づくりが進んでいる。対岸の紅葉が一望できる。春になると対岸はアカヤシオの花で彩られる。そのころ、春日様の祭りが行われる。直会(なおらい)は3密を避けてKさんの裏山で、ということで意見が一致した。

隠居の草刈りが終わり、スペイン語の先生が紅葉見物から戻ってくるころには、風が弱まった。小春日が差す濡れ縁で洋菓子を食べ、コーヒーを飲みながら歓談した。後輩は海外勤務の経験がある。スペイン語は話せるが、習うことで語学力を維持するという面もあるのだろう。逆にいえば、彼女は後輩と遠慮なく母国語で話すことができる。

彼女はいわきに住む。もう来日して20年以上がたつ。日本語で十分会話ができる。大玉村とマチュピチュ村との交流、フジモリ元大統領やナスカの地上絵、アンデスの万年雪、フォルクローレの「コンドルは飛んでいく」といったことが話題に上った。外国人に慣れないのとコロナ禍のためか、「私の顔を見てギョッとする人もいた」。そう話すときには少し表情がかげった。

午後は用事があったので、早めに街へ戻った。渓谷を下り、平地に出る一歩手前の道路で、旧知の元市職員Aさんがネコ(一輪車)を押していた。彼の家の入り口に車を寄せて少し立ち話をする。私のブログに出てくる牛小川のKさんや、近くで行われている跨線(道)橋の工事などの話になった。これが、第三幕――。

 この日はどういうわけか、次々と人に会った。会って話すと、人の思いがわかる。なによりこちらの蒙(もう)が開ける。勉強になる。午後の遅くには第四幕、いつもの魚屋さんも含めれば第五幕があったが、それについては別の日に。