2020年11月11日水曜日

人面カメムシとアカミゴケ

                                   
   夏井川渓谷の隠居へ行くと、まずは雨戸を開ける。雨戸を戸袋にしまうころには、畳の上にカメムシがたくさん落ちている。ガラス戸にもいっぱい張り付いている。日曜日以外は閉鎖状態だから、外敵の心配はない。雨戸の溝、座布団のすきま、衣紋掛けの服の内側、物置のゴザの内側と、カメムシは至る所にもぐりこんで寒さをしのぐ。隠居は冬、カメムシの集団越冬地になる。

 カメムシは刺激すると強烈な悪臭を放つ。畳の上でうごめく彼らを外へ出すにはホウキが一番だが、雨戸を閉めると再びどこからか忍び込んでくる。

 そんな虫たちでも、おやっと思うことがある。日曜日(11月8日)に雨戸を開けていると、ガラス戸の柱に1匹、細長い人面を思わせるカメムシの仲間が止まっていた=写真上1。この虫は逆さに止まっているときの方が、より人面に近い。上(虫からいうと尾)が黒い頭部、その下に黒い目がある。さらにその下、灰色に囲まれた黒い鼻、大きな黒い口。見た目の頭部と目の間が白いほかは、ふちがほんのり赤い。だまし絵を見ているようだ。

なにかで似たお面を見たような……。モジリアニがアフリカの原始的な芸術に引かれていたことを思い出す。ネットで画像を検索すると、おもしろいお面がいっぱい出てきた。パプアニューギニアの「戦死者のお面」などは、形状も色彩もよく似ている。それだけではない、モジリアニの描く人物、特に「黒いネクタイをした女」の細長い顔は、アフリカのお面が原形ではないのか。

オオホシカメムシ、漢字では「大星亀虫」と書く。普通に頭を上にして止まっていても、このカメムシは大きな口を持った人面に見える。上から見ても、下から見ても――と、こちらは勝手にあれこれ解釈するが、そんな解釈を可能にするような「外装」はどこから、なにによって生まれたのだろう。生きものの「外装」と、人間がつくるお面の「意匠」が似通っているのは偶然か。

 それともうひとつ。庭にある木製のテーブル(板を3枚並べただけのもの)に、キノコともカビともつかないものが生えていた=写真上2。草刈りに来た後輩、紅葉見物のペルー人女性とコーヒーを飲んでいて気がついた。

接写してデータを拡大し、細部をスケッチしてネットで検索した。「キノコ」にも、「カビ」にも似たものはない。再度データを拡大してチェッすると、テーブル板のへりがコケのようなものに覆われている。「コケの仲間 先端赤い」で画像を検索すると、すぐわかった。

 最初はユオウゴケ(硫黄苔)かと思ったが、ユオウゴケは温泉地に生える。渓谷に温泉はない。似たものにアカミゴケがある。コアカミゴケもある。どちらかだろう。形状はキノコのミニチュア版で、柄は髪の毛くらいに細い。先端の傘の部分が赤く膨らんでいる。そこでつくられた胞子が外界へ飛び立つ。高さはせいぜい1センチちょっと。それが赤い帽子をかぶって一列に並んでいる。

名前にコケが付いているが、コケではない、地衣類だそうだ。ネットの解説によると、地衣類は菌類と藻類が共生して一つの体をつくっている。菌類は光合成ができない。菌糸でつくられた構造の内部に藻類が共生しており、藻類がつくる光合成産物によって菌類が生活している。要するに、半分はキノコ、半分は植物、という不思議な存在。渓谷は、いや自然はいつも驚きに満ちている。

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