2009年11月7日土曜日

初めての食菌


食べたことはない。でも、図鑑ではなじんでいる。食菌のはずだと記憶が教える。で、とりあえず採取して調べることにした。写真は撮らなかった。「撮る」より「採る」に気持ちがいってしまった。夏井川渓谷は林内の立ち枯れ木の根元に数個が生えていた。

図鑑に当たると、食菌のヌメリツバタケ(滑り鍔茸)であることが分かった。字のごとく、傘にぬめりがあり、柄に鍔がついている。傘の径は5センチ前後、色は白。柄は硬く白っぽい。小さなキノコだ。

ヌメリツバタケと確信しても、そして似たような毒キノコはないと分かっていても、食べたことはないから慎重に事を運ばなくてはならない。朝、小さく切ったものを3つほど自分の味噌汁に入れて食べた。カミサンには食べないように言った。日中は体の様子を確かめながら過ごし、何の症状もあらわれなかったので、夜、残りをみそ汁に入れて食べた。

結果オーライ。とはいえ、こんな生兵法はやらないに限るのだが、歯ごたえがよかった。図鑑にある通り、味のよい食用キノコだ。

ヌメリツバタケに出合った日、キツネノチャブクロ(ホコリタケ)にも遭遇した=写真。幼菌は食用になる。しかし、1個くらいでは採るのもはばかられる。クリタケの老菌も数個あった。こちらは採取したものの、傘裏のひだがすっかり黒ずんでいた。食べるのを見送った。

秋になって採って食べたのが、今のところこのヌメリツバタケと数個のウスヒラタケだけ、というのは寂しい限りだ。

2009年11月6日金曜日

柿熟す


冬に備える儀式の一つに糠床の“仕事納め”がある。甕に入った糠床の表面にたっぷり食塩を敷き詰め、紙で密封して、翌年の初夏まで台所の隅に置いておく、糠味噌を冬眠させるのに合わせて、白菜漬けを始める。今年も最初の白菜漬けが食卓に上った。白菜漬けは私、糠漬けも趣味を兼ねて主に私がつくる。

柿もぎりも、秋から冬へと意識を切り替える上ではかかせない儀式だ。近所にカミサンの伯父(故人)の家がある。家の裏には甘柿の木が植えられていて、今年は生(な)り年なのか、枝が垂れ下がるほどに実がなった。糠床を寝かせたその日に、甘柿を収穫した。

先日、新聞に「柿の日」の記事が載っていた。正岡子規の「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」は10月26日に詠まれた。それで、全国果樹研究連合会カキ部会がその日を「柿の日」と制定したのだという。柿もぎりにはそのことも影響していたようだ。

甘柿の幹はそんなに太くない。したがって梢もそう高くはない。なんとも中途半端な木だ。脚立を持って家の裏に行くと、ムクドリが「ギャッ」と一鳴きして柿の木から飛び立った。木の下は熟柿が落下して中身が飛び散り、足の踏み場に困るほどだ。脚立を立て、柿の幹を支えに爪先立ちをして、手でもぎとれる範囲内で実を収穫した。

手籠にいっぱい=写真=になったところで、手が届かなくなった。半数以上が残った。こんな状態のときにはいつも義父の句が思い出される。「木守(きのもり)の柿残照に燦として」「うれかき(熟れ柿)にからすの来たるこく(刻)たしか」。鳥たちに食べられるのは仕方がないことだ。

やや硬めの柿を食べたら、さっぱりした甘さだった。甘いものはより甘く、辛いものはより辛く――というご時勢。古い甘さでもなく、新しい甘さでもない。と書くと、きっと食べたいという人が出てくる。そのために少しは残しておくとしようか。

2009年11月5日木曜日

狩りをするミサゴ


いわき市平塩~中神谷地内の夏井川は、上流の平窪地内に次ぐコハクチョウの越冬地。朝晩、散歩がてら飛来数を数える。両岸で河川改修工事が行われているために、朝と日中、夕方では数に変動がある。

日・祝日は工事が休みになる。コハクチョウたちは日中も安心して羽を休めている。すると、カモたちが集まって来る。もぐって魚を捕るウ(カワウかウミウかは特定できない)も集団でやって来る。ウたちは一年を通して見られるようになった。彼らのおなかを満たすだけの魚は生息している、ということだろう。

「文化の日」の午前10時ごろ。河川敷のサイクリングロードを歩いていたら、「バシャッ」という大きな音がした。振り返ると、ミサゴが着水して魚をつかみ、今にも飛び上がろうとしていた。飛び上がったミサゴは水平飛行をしたあと、空高く舞い上がって姿を消した。

その1分前、いや数十秒前だったか。やはり、何かをつかんで川から舞い上がるミサゴに気づき、急いでカメラを向けた。拡大すると、魚をわしづかみにしていた=写真。尾びれの形や体色、大きさからしてサケのように思われた。

2回目の獲物は何だったろう。腹が随分白い。サケとは違う。が、大きめな魚には違いない。サケは両脚でがっちりつかんで運び去った。2回目の魚は、たぶん片脚だけでひょいと飛び上がった。ウグイだろうか。

獲物をつかんで飛ぶミサゴの写真を初めて、しかも立て続けに二度撮るができた。同じミサゴが2回狩りをしたのか、違うミサゴが短時間のうちに同じ場所で狩りをしたのか。あまりにも狩りの時間が短すぎるから、2羽のミサゴが別々に狩りに現れたのだろう、とは思う。

堤防の内側には人間がひしめく世界がある、その外側では魚を狩るミサゴと狩られる魚がいる、いやそれを含めた自然界がある――狩りをするミサゴを目撃して、少し興奮した。

2009年11月4日水曜日

水石山初冠雪


この秋一番の冷え込みとなった11月3日早朝は、散歩を休んだ。というより、寒さがこたえるので遅い時間にずらした。「文化の日」である。休日気分でのんびり歩きたい。朝食を済ませてちょっとたってから、夏井川(いわき市平・塩地内)のコハクチョウを見に行った。

国道6号の歩道橋から、西に立ちはだかる山の壁=南北に連なる阿武隈の山並み=が見える。北方の水石山(標高735メートル)の山頂が白っぽい=写真。山頂にはテレビ局のアンテナや航空灯台がある。建物もある。建物の壁は白い。が、その間に広がる芝生が白く染まっている。雪だ。パソコンに写真を取り込み、拡大して雪であることを確認した。

平地では2日夕方から寒気が強まった。わが家でも、こたつだけでなく、初めて石油ファンヒーターをかけた。夜、平地では雨が降り、少し高い山では雪になった。水石山が11月初旬に冠雪する、なんてことは記憶にない。この山の初冠雪は早くて11月下旬、遅いと年が明けてから――というのが通り相場だ。一気に寒気がやって来たのだろう。

堤防に出ると「西の壁」の南方、湯の岳の右奥に連なる山も一部、冠雪していた。コハクチョウはおよそ35羽。岸辺に立つやいなや、中洲から半数近くが泳ぎ寄って来た。えさはない。写真を撮って離れたら、コハクチョウたちは中洲へ戻った。

人が姿を見せるとえさにありつける――では困る。えさをやらない人間もいることを、コハクチョウたちは学習すべきなのだ。そもそも人間に依存しない野生の生物なのだから。

それはともかく、この冷え込みを機に紅葉と落葉がいちだんと進むに違いない。「夏井川渓谷・紅葉ウオーキングフェスタ」が11月15日に開かれることは、おととい(11月2日)書いた。今年の紅葉は例年より1週間から10日早い。フェスタまで紅葉が持つかどうか。持ったにしても、かなり散り落ちて見晴らしがよくなっていることだろう。

渓谷のど真ん中、水力発電所の社宅跡に生えているカエデの巨木は、たぶんそのころ、紅葉の見ごろを迎える。このカエデは知る人ぞ知る絶好の被写体だ。例年だと、渓谷の紅葉が終わりになりかけるころ、激しく燃え上がる。これが、1日の日曜日には赤くメッシュが入っていた。今度の寒気に触れていよいよ赤みが増すことだろう。

2009年11月3日火曜日

グリーグの家


日曜日(11月1日)の午後6時過ぎ。NHKハイビジョンで2時間早く「天地人」を見ていたら、カミサンの幼なじみから電話が入った。同じ時間帯のBS日テレ「ヨーロッパ水紀行Ⅲ」はノルウェーが舞台。そのことを知らせる電話だった。すぐBS日テレに切り替えた。ノルウェーの古都・ベルゲンが映っていた。

1979年に世界文化遺産に指定された「ブリッゲン」とシーフード料理、そしてベルゲン郊外、トロルハウゲン(トロルの丘)の「グリーグの家」。番組は後半に入っていた。あとで番組案内をのぞいたら、前半はオスロ、世界自然遺産のネーロイフィヨルドを紹介したようだ。

オスロを除けば、1カ月ちょっと前にこの目で見て来たところばかりだ。ただの旅人にすぎなかったのに、なぜか懐かしい思いにとらわれた。ベルゲン生まれの作曲家グリーグの住んだトロルハウゲンでは、ヨーロッパコマドリらしい野鳥、タヌキノチャブクロほかのキノコを見た。そんな環境の中に「グリーグの家」が建っている=写真

シーフード料理の映像に触発されてすぐ思い出した料理がある。夜、ブリッゲンのそばのレストランに食事に出かけた。テーブルに、白身魚のオーブン焼きだか、香草焼きだかが並んだ。アンコウがとてもおいしかった。そして、ビール「ハンザ」、強烈なジャガイモ焼酎「アクアビット」も。

ベルゲンは港湾都市。港の中央に「魚市場」がある。市民だけでなく観光客も訪れる。私たちもここでカニ缶詰め合わせなどのお土産を買った。同じ魚食民族・日本人はいいお客らしい。「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」などと従業員は愛想がいい。そういう土地柄だから、魚料理はバラエティーに富んでいる。

もう一つ。「グリーグの家」の映像に、グリーグが作曲した「ペール・ギュント組曲」中の〈朝〉のメロディーがかぶさった。〈朝〉とは知らずに耳にし、覚えていた名曲ではないか。テレビ番組のおかげで、ということはカミサンの幼なじみ(グリーグファンらしい)のおかげで、メロディーとタイトルと作曲家がやっと一つになった。

2009年11月2日月曜日

「紅葉ウオーキング」下見


夏井川渓谷(いわき市小川町)で11月15日、2回目の「紅葉ウオーキングフェスタ」が開かれる。きのう(11月1日)朝、私が週末を過ごす地元・牛小川と小川町商工会関係者らが参加して下見をした。

途中まではほぼ毎週、出かけている。渓谷の名勝・籠場の滝の対岸は、急坂を上って下る難所。「途中まで」とは、その山道まで行かない平たんな道でUターンすることだ。山道は結構、きつい。きつさを我慢できるほど若くはなくなった。

夏井川本流に沿うように、森の中に水力発電所の導水路がある。その巡視路を進む。去年とそう変わってはいない。去年は峠を越えた先で1カ所、太い倒木が道をふさいでいた。それは切られてそばに置かれていた。

今年は、それとは違った意味で驚いたことが二つある。

一つ。導水路の山際に生えていた太いヤマザクラが倒れ、谷側の木の枝にひっかかっていた。通行には支障がない。が、いずれ伐採しなくてはならないだろう。切り方が難しい。重機の入らない谷間だ。やり方を間違えると、太い幹の直撃を受けて導水路のコンクリート蓋が壊れる。石を積んでコンクリートで固めたゲート様の仕切りの端っこがめくれていた。

二つ目。スタート地点からざっと2.5キロ先の折り返し地点。山側の斜面が一部、崩落していた=写真。土砂崩れだ。太い木が何本も倒れていた。根っこが谷側を向いている。ということは、そっくりそのまま滑り落ちたのだ。高さ100メートル以上。滑り面になった地肌の岩盤がてっぺんまで見えた。

このところ、北欧体験をたびたび書いてきた。あちらの自然のスケールの大きさについても述べてきた。が、自然災害という点ではむしろ、あちらよりこちらの方が大きいのではないか。私が夏井川渓谷で見た自然災害の爪痕としては、この土砂崩れは最大級のものだ。もろさ・怖さと背中合わせの景観美――。幸いウオーキングには支障がない。

2009年11月1日日曜日

教育テレビ「わんパーク」


2歳半の孫が時々、親に連れられてやって来る。たまたま夕方5時を過ぎると、親がNHK教育テレビをかける。幼児番組が流れている。興味のあるコーナーに孫が反応する。祖父母としては初めて見る番組ばかりだ。

新聞の番組欄(NHK教育テレビ)には「わんパーク」と表記されている。朝7~9時、夕方4~6時に放送される幼児向け番組群「あつまれ!わんパーク」を指す。「わんパーク」は「わんぱく」と「パーク」の合成語だという。

夕方は再放送番組が多い。たとえば、5時15分から目にした「えいごであそぼ」(10分)、次の「ピタゴラスイッチ・ミニ」(5分)、「アニメ ぜんまいざむらい」(10分)=写真、ラストの「クインテッド」(10分)がそう。夕方だけ放送するのが「クッキングアイドル アイ!マイ!まいん!」(10分)。

「クインテッド」は人形が音楽を奏で、歌う番組。おとといだったかは「ブンガワンソロ」を切々とうたっていた。懐かしかった。小林旭がうたって大ヒットしたのは1960年。小学高学年のときにこの歌を覚えた。「えいごであそぼ」では「いい気持ち」の「アイ・フィール・グレイト」をやっていた。これが、映像を通して自然に頭に入って来る。

どこのコーナーだったか、「アルゴリズムたいそう」にも興味を持った。二人組の「いつもここから」のほか、南極地域観測隊員がバックの映像で体操をしている。孫はまだ動きにはついていけないが、体操をしようと体を動かすまねをする。「まいん」ちゃんのテーマソングにも反応する。体を揺すり、♪…まいん、といったところではうまく合わせて口ずさむ。

孫ぬきで「わんパーク」を見始めた。大人が見ても面白い。それが第一。特に「えいごであそぼ」は英語になじむという点では格好の番組ではないだろうか。

安野光雅さんは『語前語後』(朝日新聞出版)のなかで「ある日、テレビを見ていて、すごくおもしろい番組に出会った。忘れないために書き留めたが、『ピタゴラスイッチ』というもので、以前評判になった『セサミ・ストリート』よりうんといい、とわたしは思う」と書いている。すぐれた童話や童謡がそうであるように、優れた幼児番組は大人も楽しめる。