2011年6月10日金曜日

本堂「危険」


東に太平洋を望む小高い丘の中腹に專称寺がある。旧浄土宗奥州総本山にして名越(なごえ)派本山だ。早朝の散歩時、夏井川の堤防を歩きながら、対岸・山崎の里の名刹を遠望する。

山がせり出しているあたり、川が大きく左に曲がるところ(かつて渡し船があった)まで足を延ばせば、すぐ対岸にそびえるように迫ってくる。梅林に抱かれるようにして鐘楼堂、本堂、庫裡が立つ。開山堂は木々に隠れて見えない。

カッコウを探しに、双眼鏡を手にして上流へと足を延ばしたときだ。なにげなく双眼鏡を向けたら、トタンぶきの本堂の屋根に鎮座する鬼瓦(これもトタン製だろう)の一つがない。

專称寺が「東日本大震災」で大きなダメージを受けたとは聞いていたが、遠望するかぎりではどっしりした本堂の屋根にも、かやぶきの庫裡にも、鐘楼堂にも変化はみられない。大丈夫だったのではないか――勝手にそう思っていた。それが、双眼鏡をのぞいて吹き飛ばされた。

押っ取り刀で專称寺へと車を走らせる。ふもとに立つ、いわきでは国宝白水阿弥陀堂の次に古い木造建造物の「惣門」が、ガタガタになっていた。新しい木材で補強され、支えられたために、かろうじて原形を保っている、といった感じ。

息を切らせながら急な石段を上り、本堂=写真=の前に立つと、今度は息を飲んだ。屋根が傷だらけだ。本堂に赤い紙が張られてある。<危険>。赤紙には「この建築物に立ち入ることは危険です」「立ち入る場合は専門家に相談し、応急措置を行った後にして下さい」とあった。「注記・建物の傾きに注意して下さい」とも。

庫裡は<要注意>の黄紙だ。「この建築物に立ち入る場合は十分に注意して下さい」「応急的に補強する場合には専門家にご相談下さい」とあり、「地盤の動きに注意して下さい」という注記が添えられていた。惣門も、本堂も、庫裡も、いやはや大変な被害に遭った。歴代住職の墓石も幾つか倒れていた。

本堂は檀林(大学)としての特徴を持った、いわき市内でも最大級の寺院建築物だそうだ。太宰治の「津軽」に出てくる今別・本覚寺の貞伝和尚も、伴嵩蹊が『近世畸人伝』で取り上げた無能上人も、この寺で学んだ。幕末の江戸で俳諧宗匠として鳴らした一具庵一具も專称寺出身だ。偉人・傑物を輩出した檀林が悲鳴を上げている。

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