2011年6月13日月曜日

山里の線量を測る③


【上川内】いわき市からじかに川内村に至るルートは二つ。小川から国道399号を利用して下川内に入るか、川前から県道上川内川前線、小野富岡線を利用して上川内に入るか、のどちらかだ。両者は「スーパー林道」(広域基幹林道上高部線)の終点、川前町下桶売字荻を貫通する市(村)道?で結ばれている。スーパー林道からなら、どちらへも行ける。

下川内に工房兼自宅を構える陶芸家夫婦がいる。そこへは、牛小川~スーパー林道~市(村)道?~国道399号のルートをとるのが一番。スーパー林道のおかげでだいぶ行きやすくなった。「東日本大震災」以後、連絡が取れないので、寄り道しようかとも思ったが、よした。今回は線量チェックが目的だ。

夏井川渓谷の牛小川からスーパー林道を走り、荻の集落を通って県道に出た。峠を越えると、間もなく市・村境に着く。上川内に入ってすぐのところで線量を測る。0.522マイクロシーベルト/時。

5月5日に来たときには民家に人がいたが、今は雨戸が閉まっている。人のいる、ぬくもりのある静けさではない。人のいない、ぬくもりのなくなった静けさだ。

県道沿いの田んぼの土手と畔に草が生え、ハルジオンが咲きに咲いている。田起こしをしたものの、作業はそれで打ち切りになった。テレビのニュースで承知はしていたが、村民が避難して、山里に人間がいない事実を、田んぼの土手と畔のハルジオンが教える=写真

春が来れば田を起こし、土手と畔の草を刈り、水路を修復して水を通す。やがて、そこら一帯が青田に変わる。草を刈るのは病害虫対策と、田んぼに光を入れ、風通しをよくするためだ。庭の、畑の草むしりも理屈は同じ。それがまた、落ち着いたムラの景観を醸し出す。

夏が過ぎ、秋になれば稲穂が垂れる。刈り取られた稲は、はせぎに掛けられる。あるいは、わらぼっちとなって田んぼに立ち並ぶ。太陽と雨と風を上手に利用した人間の農の営みである。

大げさに言えば、日々、人間は自然にはたらきかけ、自然の恵みを受けながら暮らしている。ときには大きなしっぺ返しをくらうとしても、自然をなだめすかし,畏れ敬って、折り合いをつけてきた。その折り合いのつけ方が景観となってあらわれる。農村景観、あるいは山里景観は、人間が自然にはたらきかけることによって初めて維持されるものなのだ。

その、自然への人間のはたらきかけが中断した。「自然は寂しい/しかし人の手が加わると暖かくなる」。民俗学者宮本常一のことばだ。人間が営々と築き、守ってきた美しいムラの景観が、人の手が加わらなくなったらどうなるか。たちまち壊れて、荒れ始める――即座にそんな印象をいだいた。

稲作中止の補償金は入るとしても、カエルの鳴かない田んぼにどんな影響があらわれるのか。阿武隈高地の稲作史にはうといが、少なくとも江戸時代以後、こうして稲作が中止されたのは初めてではないか。ハルジオンの花に覆われたのもそうだろう。「人の手が加わらなくなって、暖かかった風景が消えた/あとは寂しい自然に戻るだけ」では泣けてくる。

川内の数値はそう高くはない。早く住民が山里に戻って来られる手だてを考え、実行してほしいものである。

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