2011年5月23日月曜日
閉所セレモニー
いわき市勿来地区災害ボランティアセンターの閉所セレモニーがきのう(5月22日)、現地で行われた。このボラセンに詰めていたNGOの「シャプラニール=市民による海外協力の会」のスタッフから、昼前、電話がかかってきた。
「2時までセレモニーをやってます。お昼にはごはんが出ます。連絡が遅れて申し訳ありません」。「昼飯」と聞いて、夫婦で出かけた。
たまたま昔からシャプラと関係している。シャプラがいわきへ支援に入ったとき、スタッフとともに旧知の(結果として勿来地区災害ボラセンのリーダーになる)T君に会いに行った。ボラセンが立ち上がる前の3月27日だった。4月9日に開所して以来、およそ1カ月半。所期の目的を果たしたので、勿来災害ボラセンは5月20日に店じまいをした。
その締めくくりに、22日の日曜日、セレモニーが開かれた。
正午すぎにボラセンに着いた。雨が降り始めた。
テント村=写真=でつくっている料理のひとつ、トン汁をいただく。昼前、植田中の吹奏楽部の演奏があったらしく、前は災害ボランティアが詰めていたコンテナハウスで、生徒たちが昼ご飯を食べていた。そこへ入った。シャプラの人たちもいた。中学生と話が弾んだ。
私と勿来ボラセンの関係で言えば、始まりは勿来とシャプラをつなぐ「触媒」、終わりはシャプラの「一員」としての参加、である。
しかも、この種の「終わり」は、シャプラ流では「始まり」だ。そこがシャプラと付き合っていて面白いところだ。シャプラの生活再建支援はすでに双葉郡広野町まで北上している。具体的な生活再建支援――日赤の「六点セット」とは違った「鍋釜支援」こそ、被災者の、主婦の気持ちに沿うものだろう。
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