南東北のいわき市が台風6号の暴風雨圏に入ったのは6月3日の昼前。台風の中心から外れていたとはいえ、横殴りの雨と風が夜まで続いた。
台風が太平洋上へ去った翌4日も、日中はぐずついた天気が続いた。冷たい北東風(やませ)が吹き荒れた。
こんなときには家でじっとしているしかない。「骨休め」である。とりわけ3日は朝のうちに用事をすませて、茶の間で静かにして過ごした。
用事のひとつが、カミサンの知人の家に行って、玄関前に出ている小さな木製家具を回収することだった。
ダンシャリで小物入れとスリッパボックスが出た=写真。3日に朝一番で引き取りに行くことにしていた。
知人は他県に引っ越したので空き家だが、子どもさんがときどき来る。先日、それに合わせて、やはり不要になったものを引き取った。
小さな家具は。台風が来なければ日中でもいいのだが、雨風が強まれば濡れたり、倒れたりしかねない。
いつものように、朝4時に起きると外はうっすら明るい。庭に出たら、かすかに雨が降っている。新聞のラップは濡れていない。降り始めたばかりのようだった。
風もなかった。そのうち、カミサンが起きてきたので、今のうちに行くか――となって、車で10分ほどの知人宅へ出かけ、小さな家具を積んでとんぼ返りをした。
腰痛を発症して3週間余り。マッサージに通っている接骨院は児童・生徒やサラリーマンのために、登校・出社時間を考慮して早朝から対応してくれる。その時間に合わせて、高齢者も何人か治療してもらう。私ら夫婦もそうだ。
家具は雨がやむまで車に積んだままにしておき、接骨院へ行く時間を待っていたら、突然、スマホが鳴り出した。
早朝6時。「高齢者等避難」を呼びかける防災メールだった。これから雨風がひどくなるのだろう。
避難所は? 田んぼと地続きの小学校や公民館ではない。高台の中学校だ。区内会の役員をしているので、高齢者だからといって避難するわけにはいかない。6人いる役員全員がそうだ。
いざとなったら「垂直避難」をすると決めて、夫婦で接骨院へ行き、戻って朝食をとったあとは、テレビで台風情報を更新しながら、ブログの原稿を打って過ごした。
カミサンは、治療には私より時間がかかる。雨なので車で迎えに行くつもりでいたが、風もないし、傘があるからと、歩いて戻った。
私は戻ると、家の前のごみ集積所に「容プラ」(容器包装プラスチック)を出し、糠床をかき回して、大根・ニンジン・キュウリを刻んで食卓に出した。予定の「家事」はこれですべて終わりだ。朝活である。
「風と坊さんは午前10時から」というたとえがある。この日の風もそうだった。
3日は、学校が臨時休校になった。鉄道も運休した。午後には雨風が強まったが、通りの歩道は冠水するほどではなかった。
カミサンも週一の宅配に応じただけで、珍しく来客はなかった。しっかり骨休め、つまりは昼寝ができた、といっていた。
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