2012年8月31日金曜日

庭仕事


「半壊」判定の庭の物置を業者が来て解体した。密生する庭木も造園業の知人に頼んで剪定した=写真。一挙に庭が明るくなった。春ならば陽光が躍って喜ばしいが、残暑がいっこうに収まらない今はきつい。直射日光と照り返しで、庭に面した茶の間により熱がこもるようになった。

庭木の下生えはスミレ、スイセン、シラン、ミョウガ、ヤツデなど。へりにはホトトギス、イカリソウ、エビネ、アジサイなど。もらったり、買ったりしたものを地植えにしたら、増殖した。若いエノキは鳥の贈り物だ。フンとともに種が落ち、芽を出した。無量庵(夏井川渓谷)の実生のカエデも、仮植えしたら大きくなった。

移植して失敗したものもある。柿の木とナンテン、ニシキギ、マサキ程度だったところに、ワンポイントのつもりでササを移植した。囲いをつくらなかったのでどんどん増殖し、年に一度はササ刈りをしなければならない羽目になった。

夏は庭木が茂るから目立たない。が、バッサリやった今は下生えに日光が降り注ぐ。ササが息を吹き返して地下茎を伸ばしかねない。そうなるとコトだ。この際、始末をつけないと――。

日中は熱中症になる。ならば、夜明けと同時に動けばいい。おととい(8月29日)、きのうと、早朝、散歩を休んで庭仕事をした。

近所に2階建ての物置があった。同じ「半壊」判定を受けて解体された。同じ業者が解体を請け負った。捨てられるものがあるというので、唐鍬や三本鍬、草削りなどを“救出”した。

その三本鍬を使ってササの地下茎を切断し、引っこ抜く。小一時間もすると、汗みずくになる。朝日も当たるようになる。熱中するのはそこまで。早朝、二日かけてあらかたササを退治した。

およそ30年間、のどにひっかかっていた骨のようなものが庭から取れた。この日の茶の間の温度は34度超。切断され、集められた地下茎は、太陽に焼かれて枯れたことだろう。

2012年8月30日木曜日

「川前村」だったら


日曜日(8月26日)、久しぶりに夏井川渓谷の無量庵=写真=で過ごした。8月最初の週末は田村市の実家に帰った。次の日曜日(8月12日)は、カミサンが自分の実家でお盆の準備を手伝った。一週間後の19日は地球市民フェスティバル。8月最後の日曜日になって、やっと用事や行事から解放された。

早朝7時半ごろ、無量庵に着いた。小一時間、外で作業をしたあとは、なにもしない。熱中症の予防もあるが、「無為」の時間を楽しむ。朝食をとり、朝風呂に入り、朝寝をする。なによりの“ごちそう”は昼前から吹き始めた谷風だ。屋内にいる限りでは天然のエアコンが作動している。谷風のおかげでわが家では体験できない涼気を味わうことができた。

無量庵に車が止まっていたのを見たのか、川前の知人がやって来た。よもやま話になった。昨年5月6日付小欄「川前・荻の放射線量」で、双葉郡川内村に隣接する荻地区の線量が高いことを書いた。今回と同じように無量庵にやって来てよもやま話になった。そのなかでいわきのホットスポットを知ったのだった。

1年半近くたった今はどうか。またまた「合併の功罪」の話になった。川前村が合併していわき市の一部にならず、川内村のように独立した自治体のままだったら、村長の指揮下、もっとスピード感をもって除染作業が進められていたはずだ、それが村の最大の課題になるからだ、と。

46年前、14市町村が合併していわき市が誕生した。合併の「功」は財政の効率化、「罪」は地域の課題の潜在化だ。過疎化・高齢化といった問題は、「川前村」なら最大の課題になるが、「いわき市川前地区」では市の一部の課題でしかない。市の周縁部になるほど問題は潜在化・矮小化して見えなくなる。

川内村は昨年3月16日全村避難をし、今年4月1日帰村が始まった。民間住宅の除染作業も進められている。隣の村が目に見えるかたちで前へ進んでいるのを見るにつけ、歯がゆい思いが募る。それでも、前に進むしかない――知人の言葉から、あらためて山里の厳しい「今」を知る。

2012年8月29日水曜日

雨量13ミリ


夏井川の堤防そばにある民家の畑。サトイモのうねの間に水がたまっていた=写真。うねも濡れて黒い。畑の一角にある水道栓からホースが伸びていた。雨は期待できない。水道を使って灌水したのだろう。

野菜には、土壌の乾燥に強いものと弱いものがある。裏を返せば、湿潤に強いものと弱いもの、ということになる。

サトイモは高温多湿を好む。乾燥には弱い。キュウリやナスもそうだ。うねの乾燥を防ぐために敷き草をする。それでも足りないときには灌水してやる。ネギは逆に湿潤に弱い。根腐れを起こす。川の下流域にネギの産地が多いのは、土壌が砂質で水はけがよいからだ。

その民家の庭先の畑は自家消費用だろう。通路をはさんだサトイモのうねの反対側にネギのうねがある。水やりの有無がはっきりしている。

夏井川渓谷の無量庵で家庭菜園を始めたころは、面白がっていろんな作物を育てた。たいがい2株、多くて4株程度の少量多品種栽培だ。サトイモ、キュウリ、ナス、サヤエンドウ、ソラマメ、オクラ……。トマトは見事に失敗した。週末だけの手抜き栽培では無理。二度とやらないと決めた。生ごみを埋めるとミニトマトが芽生える。それは育てる。

話がそれた。野菜によって乾湿に強い・弱いがあるのは、出自(原産地)が影響しているのではないか。ネギは中国奥地の乾燥地帯、サトイモは逆にインド東部~インドシナ半島あたりの高温多湿地帯がふるさと。強い・弱いがDNAに組み込まれているのだろう。

今年8月のいわき(小名浜)の総雨量はきのう(28日)現在、13ミリ。平年値135ミリのおよそ10分の1だ。サトイモは悲鳴を上げている。ネギもいつまで持ちこたえていられるやら。

2012年8月28日火曜日

スイカ被害


朝の散歩時の、近所の畑での“できごと”。8月24日、スイカが何者かによって細長く裂かれ、真っ赤な果肉がのぞいていた。翌日早朝、穴は大きくなっていた=写真。きのう(8月27日)見たら、もう皮が太陽に焼かれてへなへなになっていた。散歩コースの終点近く、わが家の裏手に畑がある。そこの一角で起きた“異変”だ。

畑は国道6号と旧国道の家並みにはさまれている。建物の奥に畑があるなどということは、住民以外にはわからない。

旧国道は、江戸時代には「浜街道」と呼ばれていた。私の住む平・中神谷地区は、かつては一筋町だった。背後には田畑が広がっていた。家並みに囲まれた「中庭」に畑が存在しているのは、その名残だ。

散歩の途次だから、意識して畑をウオッチングしてきたわけではない。記憶はあいまいだ。が、その畑では毎年、ネギが栽培されていた。今年はネギのほかにジャガイモが栽培された。ジャガイモの収穫がすんだ今、裸地の奥にスイカの玉が二つ横たわっている。それが、やられた。犯人はだれか。ヒヨドリ? カラス?

夏井川渓谷の無量庵に生ごみ埋めると、必ずほじくり返される。タヌキかハクビシンか、はたまたイノシシか――ということを書いたばかりだが、平地の神谷地区ではおのずと犯人は絞られる。

きのうの散歩時、その畑に近づいたらカラスが2~3羽いた。1羽は、別のスイカにのっかって表面をつついていた。とっさにカメラを向けたが、間に合わなかった。カラスがせっせとスイカをつつき、赤く、甘く熟した果肉をほじくり、食べていたのだ。今朝見たら、第二のスイカも果肉がほじくり返されて半分になっていた。

2012年8月27日月曜日

雨がほしい


河口から4~5キロさかのぼった夏井川で、河川拡幅工事が行われた。河川敷や川の土砂が除去された。岸辺の竹林や樹木も伐採された。わが散歩コースの水辺の光景が一変した。その川が一部、底をさらしている=写真。雨が降らないからだ。

土砂除去によって川幅が広げられた結果、何カ所かに「中島」ができた。流灯花火大会が行われる平・鎌田地区がそうだ。「中島」の半分は前に除去されたが、残りはそのままだ。「中島」が小山になりつつある。

絶えず流動している川や海は、手を加えれば加えるほどどこかに変化があらわれる。夏井川の場合は、今までなかったところに砂がたまる。それが中洲になる、さらに木が繁茂して中島に成長する、というのを見てきた。自然相手の工事はいつも「途中経過」でしかない。

この夏は、猛暑がこれに輪をかけた。雨の降らない日が続いて、わが散歩コースのあちこちで川床がのぞくようになった。田植え後、夏井川の水量が減って川床がのぞくことはある。その水稲がこの時期、暑さ対策から水を必要としているのかもしれない。であれば、よけい川の水量は低下する。山も乾いているのだろう。渓谷の水量もずいぶん減った。

福島の桃農家が雨乞いの儀式をしたというニュースを見た。しばらく雨が降らないために桃が小粒の状態なのだという。甘いのはいいが、小さいままでは売り物にならない。

庭の草木もなんだか元気がない。先日から夕方、打ち水を兼ねて散水をしている。雨がほしい。

2012年8月26日日曜日

ぶらっとライブ


きのう(8月25日)午後、「ぶらっとライブ」が開かれた=写真。「ぶらっと」はNGOのシャプラニールが運営する被災者のための交流スペース。イトーヨーカドー平店2階にある。

「ぶらっと」では毎日のように催しがある。8月第4週は休みの水曜日を除いて、日曜日:富岡町民の集い、月曜日:ちりめん細工の朝顔作り(午前)・中国語と中国茶(午後)、木曜日:エコクラフトミニ帽子作り(午前)・無料健康チェック(午後)、金曜日:健康運動教室。そして、シメが土曜日の「ぶらっとライブ」だ。

「ぶらっと」は、今年3月末まではいわき駅前の「ラトブ」にあった。昨年10月9日に開設して以来、人が集い、交流するための各種教室を開催してきた。その合間にライブを企画し、アマチュアミュージシャンなどが2階のペディストリアンデッキ、あるいは1階の「いわき横丁」で演奏を披露した。

「ぶらっとライブ」は、いわきシンフォニックウインドアンサンブルのクラリネット4人組がオープニングを飾った。次いで、ヒューマン・ビート・ボックスの高専生ら2人組、クラシックギター、オカリナと続き、ギターとパーカッションの「こまさと」がトリを務めた。

クラリネットの4人は女性。そのうちの一人が「ぶらっと」スタッフだ。「こまさと」の「こま」も同じく「ぶらっと」を運営するシャプラのスタッフだ。人に聞かせるだけのウデを持っている。そうした“余技”がライブを開催する原動力になっているのだろう。

カーペンターズ「イエスタデイ・ワンスモア」、ユーミン、松山千春「空と大地の中で」、吉田拓郎「襟裳岬」、美空ひばり「川の流れのように」……。ほかにクラシックギターの名曲「アルハンブラの想い出」など。団塊世代にはなつかしい曲が続いた。ホームコンサートのような、一体感のあるライブだった。

2012年8月25日土曜日

朝めし前


ところは夏井川渓谷の無量庵。小さな菜園に生ごみを埋める。と、必ずほじくり返される。ドーベルマンがいるのだが、ハリボテであることを見透かされている=写真

おととい(8月23日)早朝、生ごみ入りのバケツを車に積んで無量庵へ出かけた。生ごみを埋めるのと同時に、三春ネギに追肥し、土寄せをしないといけない。渓谷の尾根から朝日が差し込まないうちに両方の作業をする――それなら熱中症になることはあるまい、という計算だ。それはそれで正解だった。

案の定、前回埋めた生ごみがほじくり返されていた。ネギのうねは2列。草が生え、つる性植物がしのび寄っていた。半月以上ほっといていたら、そうなる。で、まず草引きをした。

生ごみをあさったのはハクビシンか、タヌキか。イノシシならば、ドーベルマンを動かし、土を深くえぐって生ごみを広範囲にまき散らす。そんな激しさではない。つつましい。

草引きを終えたあと、ネギに追肥をし、土寄せをした。曲がりネギにするには、新たに溝をつくり、伏せ込みをしないといけない。

が、今年は手を抜くことにした。まっすぐの三春ネギにする。3分の1は去年の曲がりネギから「分けつ」したネギ。そのまま曲がりネギになっている。

草引き・追肥・土寄せ、そして生ごみ埋め。小一時間の作業を終えるころ、7時前だが、朝日が無量庵を照らしはじめた。汗をかく前、いや朝めし前に“仕事”を終えることができた。

「天日燦(さん)として焼くがごとし いでて働かざる可(べ)からず」と、いわきの詩人三野混沌はうたった。熱中症予防のために私はそれを実践しない。「天日燦として焼くがごとし」になる前に畑仕事を終えよ、でなければ家で寝ていよ、である。