2009年11月25日水曜日

あの世のうた


ものごころづいて最初に覚えた歌が「高原列車は行く」だった。小学校に入学する前のことである。作詞は丘灯至夫、作曲は古関裕而の福島県人コンビ。歌は岡本敦郎だった。むろんそのころ、丘さんが田村郡小野町生まれとは知るよしもない。

西條八十門下で、「高校三年生」が大ヒットした。阪田寛夫とは別に童謡の「ねこふんじゃった」を作詞し、アニメの「ガッチャマン」「ハクション大魔王」「みなしごハッチ」などの歌詞も手がけた。

その丘さんが亡くなった。享年92.なかなかユーモアに富んだ人で、生前、「あの世はパラダイス」「霊柩車はゆくよ」をつくっている。「霊柩車はゆくよ」は「高原列車は行く」を意識したものだろう。

『福島マスコミOB文集』に〈花野井だより〉を連載し、2007年5月の創立30周年記念特別号では、第13章として「あの世のうた」をつくった経緯を紹介している=写真

20年以上前のことだ。この世の歌を大分つくったので、そろそろあの世のうたをつくりたい。レコード会社のディレクターに持ちかけたら、けんもほろろに拒否された。会社が外資系になり、新社長のもとへあいさつに行って、「あの世のうた」の話になった。社長が乗ってきて、「あの世はパラダイス」「霊柩車はゆくよ」ができた。

作曲は小林亜星。見事な仕上がりでまとまった。しかし、文集への出稿時点では「あとはレコーディングとなりました……が、さて、その後数週間、まだ良い返事が来ていません」。その後、「エノケン」という歌手を得て、歌ができあがった。

で、文章の最後はこう結ばれている。「私の葬儀のときは、是非この歌で、あの世とやらへ送り出して貰いたい。/お願いしますよ、みなさん……。」

丘さんは小野町の名誉町民第一号で、同町の「ふるさと文化の館」内に記念館が設けられている。確か妹(あるいはいとこ)さんがいわき市平に住んでおられる。

「高原列車は行く」は、それこそ私の人生の伴奏曲だ。今も酒席で求められると、この歌を歌う。これからも歌っていく。福島県の、田村郡の、ふるさとの風景を思い浮かべながら。

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