2015年9月19日土曜日

チーレの海

 おととい(9月17日)、きのうと、テレビをつけっぱなしにしていた。おとといは国会、きのうは津波=写真。チリ沖で大地震が発生し、津波が太平洋の西端、日本列島へ押し寄せる――昭和35(1960)年5月のチリ超巨大地震で、日本でも津波による死者・行方不明者が約140人に達した。その教訓から、地球の裏側、いや反対側の地震であっても警戒が必要になった。
 最近では2010年2月、2014年4月と、「チリで地震、日本に津波、テレビで生中継」が繰り返された。私の脳みそもみごとにパターン化されている。今回もそうだった。「チリで地震、日本に津波」、すると「チリの詩人パブロ・ネルーダの『チーレの海』」が思い浮かぶ。2010年3月1日付本欄に「チリ地震」のことを書いた。それを再掲する。
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 チリのノーベル賞詩人パブロ・ネルーダ(1904~1973年)の詩に「チーレの海」がある。17歳のときに気に入ってノートに書き写した。チリはスペイン語読みでは「チーレ」。次は、その一部。

 おお、チーレの海よ、おお
 突き立つかがり火のように高い水よ、
 圧力よ、雷鳴よ、サフィアの爪よ、
 おお、塩と獅子の地震よ!
 流れよ、始原よ、遊星の
 海岸よ、おまえのまぶたは、
 大地の正午を開き、
 星々の青さに挑む。

 チリで大地震が発生した。新聞によれば、震源は首都サンティアゴの南西約325キロメートルの沿岸地区。チリは地震国だ。〈突き立つかがり火のように高い水〉とは、津波のことか。今度読み返して、そんな感じにも受け取れた。〈塩と獅子の地震〉が〈突き立つかがり火のように高い水〉をもたらす。それが太平洋を渡って日本の沿岸にも押し寄せた。

 チリといえば、50年前の昭和35(1960年)5月の津波被害が思い起こされる。

 チリからおよそ1万7000キロメートル隔てた日本に、地震から約22時間後に第一波が到達した。そのあと、さらに高い津波が押し寄せた。東北地方を中心に被害が続出し、いわき市でも11世帯57人が被災し、2人が死亡したという。いわきでの最大波高は3メートル以上に達した。

 きのう(2月28日)は、NHKテレビが津波関連の特報を続けた。朝、用事があって新舞子海岸へ出かけた。雨がみぞれに変わり、海の波は白く砕けて荒れていた。

 いわきでも避難勧告・指示が出された。午後には常磐線が運休し、海岸の道路も部分的に通行止めとなった。

 この50年間に日本列島沿岸の防災設備や、情報伝達システムは一段と整備された。津波監視網も格段の進歩を遂げた。人的被害を避けるための避難勧告や指示、交通規制は、「過剰反応」に当たるくらいがちょうどいい。今回の「人的被害なし」がそれを物語る。50年前の教訓がひとまずは生かされた。
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 それから5年がたつ。2011年3月には東日本大震災を経験した。それも踏まえていうのだが、「サンティアゴから○○に○○キロ」と「年月日・時間」を更新すれば、今度のチリ地震・津波に関する文章としてもおかしくない。(2010年に常磐線が運休したのは、津波ではなく荒天のためだ)

 有史以来最大規模ともいわれる昭和35年の超巨大地震(マグニチュード9.5)以後、チリ沖では何度か大地震が発生している。2010年代に入ってからは今回で3度目だ。ナスカプレートが南アメリカプレートの下に沈み込むために、チリ沖で巨大地震が発生するのだという。

 超巨大地震以後の震源を地図でなぞると、その北側に震央が点々と並ぶ。チーレの海と日本の海は、ときに「突き立つかがり火のように高い水」でつながる。

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