2010年3月15日月曜日

童謡館の菜の花


野口雨情記念湯本温泉童謡館=写真=で月一回、主に童謡詩人についておしゃべりしてきた。そのことを3月9日に書いた。先週の13日、「暮鳥ゆかりの人々・下」を最後に、ひとまず区切りをつけた。

初代館長の故里見庫男さんに「毎月一回やるように」と宿題を与えられた。連続15回、都合17回。そろそろ種切れだ。一休みしないことにはメッキがはげる。なにしろ、童謡館がオープンするまでは、童謡はさわったことも、かじったこともない未知の世界だった。

最初、「金子みすゞをやってほしい、あとは自由」という指示があった。みすゞについては断片的な知識しかない。あわてて調べ始めた。調べてゆくうちに、水戸で生まれ、平で育った島田忠夫が金子みすゞと双璧をなす新進童謡詩人であることを知った。

「全国区」の童謡詩人であっても、どこかでいわきの人間とかかわっていないか、いわきとゆかりのある人間とつながっていないか――そういうネットワークの観点から、みすゞのほかに、みすゞの師匠の西條八十、八十の弟子のサトウハチロー、あるいは工藤直子、竹久夢二、そして雨情、暮鳥ゆかりの人々を調べては報告してきた。

西條八十についてしゃべったのは、里見さんが倒れた翌々日、つまり去年の3月28日。童謡館の前に菜の花のプランターがあって、ミツバチが花蜜を吸うために飛び交っていた。それが今も強い印象となって残っている。

「菜の花と矢車草の花が好き」――いわき市三和町の永山シゲヨさんが、雑誌「うえいぶ」42号で里見さんとの会話を書き留めている。

一年後の13日、やはり童謡館の前には菜の花のプランターがあった。花にはミツバチの代わりに、テントウムシが止まっていた。春がまためぐってきたのである。

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