2011年9月24日土曜日

光の鳥


いわき市立美術館で「いま。つくりたいもの。伝えたいこと。」展が開かれている。いわきの作家25人が震災後に制作した作品約60点と、全国から公募した平面作品約200点が展示されている。

津波で家がなくなったり、震災で自宅が「全壊」になったり、個展中にテラコッタの作品が宙に舞い、粉々になったり……と、いわきの美術家もまた3・11に過酷な体験を強いられた。

被災した作家たちの祈りや問い、怒り、希望、願い、鎮魂、哀悼といったものが作品ににじみ出ている。不思議なことに、いや不思議ではなく当然なことかもしれないが、それらの思いがストレートに伝わってくる。同じ場所、同じ時間を生き、同じ体験をしたことによる「共振作用」だろうか。

吉田重信さんの「心ノ虹2011」はコーナーを利用した立体作品=写真。床に幼い子らの靴が並ぶ。それだけで考えさせられるものがある。天井近くには花。その間に「光の鳥」と名づけられた絵はがきがはばたくようにつるされている。あとで知人(女性)が言った。「子どもの靴を見て近づけなかった」

「心ノ虹2011」は「光の鳥」プロジェクトの一環だ。同プロジェクトは2004年、トルコのイスタンブールで始まった。今回は新たに組織された「FUKUSHIMA ART プロジェクト実行委員会」が主催者になっている。

「光の鳥」が描かれた絵はがきに、自分へ、あるいは肉親へ、友人へあてて自由にメッセージや絵を書き込む。幼児はただ色を塗るだけでもいい。それらを展覧会で展示したあと、実行委が切手を張って「飛ばす」(投函する)、という仕組みになっている。

先日、「光の鳥」プロジェクトの中身を吉田さん本人から聞いた。9月から11月にかけて、5000枚を目標に、最低でも3000枚の「光の鳥」を飛ばす計画だという。

話を聞いた以上は協力しないわけにいかない。カミサンとは旧知の校長さんがいる小学校へお願いに行ったら、快諾してくれたうえに、別の小学校を紹介してくれた。こういうつながりは心強い。一気に1300人くらいは「光の鳥」に加わった。

美術館の展示と合わせて、いわき芸術交流館「アリオス」でも「光の鳥」プロジェクトが展開されている。10月には福島県立博物館「会津漆の芸術祭2011」の一環として喜多方市の夢想館(旧岩月中学校)でも開かれる。

切手代がばかにならない。実行委の一人から募金も頼みます――と、お願いされた。東京でも11月あたりに国際協力NGOとのコラボレーションで「光の鳥」が飛ぶ。協力の輪が広がることを期待したい。

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