2013年7月3日水曜日

糠床に釘

今年の半分が終わるというのに、糠床を眠らせたままではないか。とにかく7月に入る前に糠漬けを再開しよう。ちょうど6月30日、平北白土の篤農家塩脩一さんのキュウリが手に入った。というわけで、きのう(7月2日)、今年最初の糠漬け=写真=を食べた。

塩家を訪ねたのにはワケがある。それは後日書くとして、せっかく来たのだからキュウリを買って帰ろう、となった。塩さんのキュウリはやわらかい。朝、糠床に入れたら、昼にはもう食べられる。娘さんがキュウリの入ったポリ袋を持って来て、「曲がりキュウリだからおカネは要らない」という。ありがたくちょうだいした。

白菜漬けを切らした4月以降、漬物の調達に気をつかった。「漬物もどき」は口にしたくない。「発酵食品」と明示されたキムチを主に食べた。日がたつとすっぱくなるのが難だ。これからはしかし糠漬けがある。悩まないですむ。

「3・11」を経験して、「中断」と「再開」を対で考えるようになった。9日ほど「原発避難」をしている間に、わが家の糠床の表面にアオカビが生えた。中身はまだ生きていたので、表面のカビをかき取るだけですんだ。一番身近な「中断」と「再開」だった。その糠床を今年も使う。

双葉郡の浪江町からいわきにやって来た糠床がある。原発がおかしくなって、浪江から東京へ避難した。その人が一時立ち入りの際、浪江の家から糠床を持ち出した。東京へは持って行けない。で、いわきに住むいとこに糠床を託した。「祖母の、祖母の、祖母の代から続く糠床」だ。これもまた、双葉郡から救出されたいのちの一つには違いない。

双葉郡から避難した人たちは、さまざまなもの・ことでこうした「中断」を余儀なくされている。「再開」できずにいるもの・ことが大半だろう。そんなことを考えるたびに怒りの深度が増す。

それはともかく、糠漬けでうまくできないのがナスの青い色つやだ。糠床に錆びた釘を入れておく、ナスの表皮を塩でもむ――と、きれいなナス紺色になるというが、いつも雑に入れてしまう。「糠に釘」ではなく、「糠床に釘」のこころが大事だということだろう。

1 件のコメント:

issay matsu さんのコメント...

そうですね。実に中断が長く多いですよね。
でも少しでも一歩前に進むことからしか道
は無い気がします。