学ぶ楽しみと知る喜びはコインの表と裏のようなものだ。学ぶことで知り、知ることでさらに学びたくなるのが、ヒトのヒトたるゆえん。
いわきの自然や歴史、文化などを幅広く出題し、成績優秀者に「いわき学博士号」を授与しよう――。多少の遊び心も含めてのことだが、いわき地域学會は一昨年(2015年)、「いわき学検定」を始めた。いわきを学ぶ楽しみ、いわきを知る喜び――がキャッチフレーズでもある。最初の年は4人、去年は5人が博士号を取得した。
先の土曜日(11月25日)、いわき市生涯学習プラザで博士号授与式と記念講演=写真=が行われた。今年の博士号取得者は北村正嘉さん(74=小名浜)と石川桃三(とうぞう)さん(65=平)。2人のあいさつを聴いていて、感じ入ったことがある。
北村さんは大阪府出身だ。奥さんがいわき出身で、その縁で近年、いわきの住人になった。石川さんは山形県鶴岡市の高校を卒業したあと、いわきの企業に就職した。いわきの方言でいう「きっつぁし」(挿し木=よそから来て住み着いた人)だ。私も15歳で阿武隈の山里から平へ移り住んだから、「きっつぁし」にはちがいない「きっつぁし」ゆえに、北村・石川さんは意識していわきを知ろうとしてきたのだろう。
いわきで記者になったあと、こんなことを考えた。いわきの人間はいわきという風土の中で暮らしている。風土は人間と自然の関係を映し出す。いわきを知るには、いわきの人間と自然、それに歴史を知らなければいけない。
人間にはふだん取材で会っている。自然を知るにはできるだけ多く里山や海へ出かける。歴史を知るには本を読むしかない。とにかくいわきを丸かじりしたい、というのが、若い「きっつぁし記者」の願望だった。
やがて、いわき地域学會が誕生する。誘われて昭和59(1984)年の創立時に入会した。「地元学」とか「地域学」とかいう言葉が一般化する前のことだ。で、私は、日本の地域学・地元学の先駆けは、東日本ではいわき市、西日本では水俣市と思い定めている。
石川さんのあいさつのなかで、「へぇー」と思ったことがある。出身地の鶴岡は庄内藩(鶴岡藩)で、酒井家9代・忠徳公が文化2(1805)年、藩校・致道館を創設する。その五男がいわきの湯長谷藩10代藩主内藤政民だ。政民は実父にならってというべきか、天保14(1843)年、湯長谷藩校・致道館を創設した。同じ藩校名としたところに政民の心がうかがえる。
一人一人の学習には限界がある。が、それらを総合化すると、大きな知のエネルギーになる。「致道館」がいわきと鶴岡の結びつきを考える橋になった。こういう知の連鎖がおもしろい。
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