わが家の玄関のわき、茶の間の軒下からせり出したポリカーボネートの屋根の下に、花鉢を収めたフラワースタンドがある。
園芸品種にはあまり興味がないので、花の名前はわからない。カミサンに聞くとゼラニウムで、いただきものだという。
ある日、玄関の戸を開けたら、地面が赤く点描されていた=写真。その美しさについ足が止まり、踏んではいけない――そんな気持ちになった。
フラワースタンドでは赤い花が次々に咲き、そして次々に散っている。その花びらだった。
あとでこの花がわが家に来るまでの経緯をつぶさに聞いた。私もアッシー君として関係していた。ありありとコトの次第がよみがえった。自分のブログを検索すると、その記録があった。
2017(平成29)年1月下旬のことである。カミサンが民生委員をやっていたころの、真冬の「珍事件」だった。
――午前2時ちょっと前。電話の呼び出し音で目が覚めた。眠りに就いて3時間余り。カミサンがあらたまった様子で話を聞いている(だれかが亡くなった知らせではないらしい)。
独り暮らしのおばあさんの家で、突然、明かりが消えた。それで、本人が緊急通信システムを使って受信センター(民間企業)に連絡した。
カミサンが安否確認などをする「協力員」になっている。で、センターから緊急電話が入った、というわけだ。
その家まで歩いて10分ほどだろうか。カミサンが「行ってくる」という。厳寒の真夜中だ、「気をつけて」とはさすがにいえない。車を出した。
持参の懐中電灯で室内を照らしながら、ブレーカーを探す。私は、背は高い方だ。手を伸ばしてやっとつまみに触れられるというところにブレーカーがあった。案の定、つまみが下がっていた。
つまみを上げると明かりが復活した。テレビもついた。オーブンは開いたままだった。ほかにもなにか電気器具を使っていたのかもしれない。
詳しい話は避けるが、老人は、「自助力」だけでは日々の営みが難しくなっていく。とすれば、介護の力や近隣の「互助力」が必要になる。
今回初めて、そういう力を必要とする“現場”を垣間見た思いがする。その印象が強かったのか、帰宅して床に就いても羊は現れなかった――。
そのおばあさんが、後日、お礼に花をもってきた。それが玄関先の地面を赤く染めるゼラニウムだった。
若いころは東京でバーを経営していたとかで、きちんとした服装でやって来たそうだ。
そんなキャリアを納得させるようなゼラニウムの赤である。あのときの記憶に、なぜかピタッと赤色が重なった。
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