大活字本の『養老訓』(養老孟司著)を読んでいて、貝原益軒(1630~1714年)の『養生訓』に興味を持った話を前に書いた。
益軒は江戸時代前期の本草学者・儒学者で、70歳で福岡藩の役を退いてから著述に専念し、『養生訓』などを著した。
当時は平均寿命が40歳未満だったとかで、その倍以上、84歳まで生きた健康長寿の見本のような人である。
まずは蓮村誠著『新釈養生訓――日本人が伝えてきた予防健康法』=写真=を図書館から借りて読んだ。
ざっと目を通しながら、子どものころ、よく祖母から言われた言葉を思い出す。「メシを食ってすぐ寝ると牛になっつぉ」。阿武隈の山里の昭和30年代、私が小学生になったころの記憶である。
祖母が『養生訓』を読んでいたとは思えない。が、地域全体に『養生訓』をベースにした戒めのようなものが浸透していたのではないか。
『養生訓』は江戸時代のベストセラーだったから、その教えが全国に浸透し、世代を超えて受け継がれ、だれもが知る俗訓になった。『養生訓』の現代語訳と解釈を読み進めるほどに、そんな思いが強まる。
「予防健康法」と副題にある。予防健康とは病気にならないように努めることだろう。庶民は庶民なりに実践し、「牛になる」ことがないように戒めてきた、少なくとも守ろうとしてきた。
「外邪」と「内欲」が出てくる。「外邪」は「風・寒・暑・湿」、つまりは体を取り巻く環境のことで、後期高齢者はこの外部要因には敏感にならざるを得ない。
今はまだ「寒」がこたえる。「風」にも注意が要る。厚手のジャンパーにマフラー、パッチ、長そで。シャツのボタンは一番上まできちっと。
「光の春」になればシャツの一番上のボタンをはずす、ストーブを消す。日によって、あるいは朝・昼・晩と調整する。「寒さの冬」はこの逆で、「乾」にも注意が必要だ。足のかかとには保湿用の軟膏を塗る。
「内欲」は「飲食・色欲など」のことで、たとえばアルコールについていうと、若いときは浴びるように飲んだが、中年には少し控えめになり、60代以降はドクターの忠告もあって、グッと抑えてはいる。
というわけで、『養生訓』を読む前からそれを実践せざるを得ない年齢になってはいた。だから、やはり「ごもっとも」となることが多い。
「からだは毎日少しずつ動かしなさい。長時間、楽な姿勢で座っていてはいけません」
日中はこたつに足を入れて「在宅ワーク」と称してパソコンと向き合っている。体を動かすのはトイレと食事のときぐらい。これでは養生にならない。
「食後は、数百歩歩くようにします」。食後はともかく、軽い散歩(1日1500歩程度)なら今のままでいい、ということになる。
軽い運動と散歩。これが今、一番心がけないといけないことのようだ。と同時に、益軒はなぜ『養生訓』を書いたのか、成功体験がそうさせたのか、という思いも深まる。ま、古典には違いないが。
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