2017年4月14日金曜日

墓を彩る「削り花」

 阿武隈の山里では今も春の彼岸に「削り花」を供える。
 3月末、実家で関東に住んでいた姉の葬儀が行われた。町はずれの丘に共同墓地がある。近隣の墓にカラフルな削り花が供えられていた=写真。風で吹き飛ばされたものもあった。

 削り花はちょっと厚めのカンナくずといった印象だ。もちろんカンナくずではなくて、削り花用に最初から厚めに木を削っている。形状は、ぱっと見にはコスモスだが六弁花、あるいはキクやヒガンバナに似る。色も赤・黄・緑・紫などと多彩で強烈だ。

 私は、阿武隈高地で生まれ育った。15歳からはおおむねいわき市平の平地で暮らしている。平で墓参りをしている限りでは、墓前には生花しか見ない。それで、削り花の風習を忘れている。久しぶりに削り花に接して、死者とつながる心と風土の違いを思った。

 削り花の風習は阿武隈の山里だけではない、東北一帯でみられるらしい。春彼岸にはまだ雪がある、あるいは雪が消えても寒気が残っている――そういうところが多い。春の花が咲くには早い。代わりに、着色した木の花で死者を慰める、というわけだ。

 いわきの山里にも削り花があった。4月初め、三和から山越えをしてV字谷の川前に下りた。夏井川にかかる橋を渡るとすぐのT字路沿いに集落の戦没者墓地がある。そこに削り花がずらりと供えられていた。その墓地だけが点々と色鮮やかだった。そこから上流の山地が“削り花圏”なのかもしれない。

 このごろは、花のハウス栽培が増えて、流通ネットが拡大した。その結果、阿武隈の山里でも春彼岸に生花を供えることができるようになった。削り花の風習は残っているが、やがては生花に切り替わるのではないか。死者に対する思いは同じでも、すがた・かたちは暮らし方や財布を反映して変わっていくのだろう。

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