年に一、二度は中川渓谷の「天狗の重ね石」=写真=に会いに行く。夏井川渓谷の隠居の近くにある。
いわき市川前町の神楽山(かぐらやま=808メートル)を水源とする中川が急斜面を流れ下り、隠居のある牛小川で夏井川に合流する。下流の江田川(背戸峨廊=せどがろ)も水源は神楽山だ。
夏井川渓谷は、右岸が急斜面、左岸がそれよりは少しゆるやかな斜面(一部はその逆)で、人間は主に左岸域に住んでいる。
「天狗の重ね石」は、中川がヘアピンのように屈曲するところにある。というより、岩そのものが流れを遮り、屈曲させている。見る位置によって、岩盤はあいきょうたっぷりのゴリラの横顔になり、船のへさきになる。谷底に近づくほど岩盤は細くなっている。
東日本大震災のとき、ゴリラの“鼻”のあたりの岩が少し剥落した。そこだけ今も赤みがかっている。
中川渓谷もまた隠れたアカヤシオの景勝地だ。本流の夏井川と違って、こちらは対岸の花を水平に見られる。日曜日(4月16日)、ゴリラの顔を見に行ったら、“肩”あたりでアカヤシオが1本、満開になっていた。景観を独り占めできるかと思ったが、1人、2人、先客がいた。
明治の碩学(せきがく)、大須賀筠軒(いんけん)が「磐城郡村誌十」(下小川・上小川村・附本新田誌)に書いている。「天狗ノ重石ト唱フルアリ、石ノ高四丈、礧砢(らいか)仄疂(そくじょう)頗フル奇ナリ」。天狗の重ね石というものがある。岩の高さはおよそ12メートル。大小の石が傾きながら重なるさまはすこぶる珍しい――といったところか。昔から奇岩として知られていた。
木の芽は吹き始めたばかり。まだ見通しがいい。ゴリラの横顔をながめ、船のへさきをながめて安心する。震災時以外の岩盤剥離はなさそうだ。
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