2010年7月31日土曜日
まことと夏彦
年に何回か、無性に読みたくなる本がある。井上靖の詩集、司馬遼太郎の『街道をゆく』、山本夏彦のコラム集などがそうだ。
半月前、いわき地域学會の市民講座で元テレビ朝日カメラマンの戸部健一さんが「辻さんのお墓」と題して、辻まこと(1913~75年)の話をした。独身時代、まことの奥さんの実家と交流し、彼を目の当たりにしていた経験を踏まえて、彼について調べたことを報告した。
まことの父親は辻潤、母親は伊藤野枝。まことの墓は川内村=写真=の長福寺の境内にある。まことは草野心平と親しかった。それで、長福寺の先代住職矢内俊晃とも交流があった。父・まことが死に、それを追うように母・良子が死んだ。まことの娘さんが心平に相談して、両親のついのすみかを長福寺に求めた。
絵描きにしてエッセイスト、スキーのインストラクターにしてギタリスト……。「ヒマラヤよりウラヤマ」――という独特の見方、切り口がさわやかで、だいぶ前に何冊か本を買って読んだ。戸部さんの話を聞いたあと、もっと辻まことのことを知りたくなった。
山本夏彦の『無想庵物語』は、コラム集ではない。武林無想庵の評伝だ。これに、辻まことが登場する。西木正明の『夢幻の山旅』は辻まことの評伝小説。いわき総合図書館の書庫に眠っているのを借り出して読んだ。
武林無想庵の娘に、日本人ながらパリで生まれ育ったイヴォンヌがいる。まこと少年は父・辻潤に連れられて、夏彦少年は一時帰国した亡き父の親友・無想庵に連れられて、一時、パリで過ごし、幼いイヴォンヌを見知っている。成長したイヴォンヌは父と日本へ帰り、やがて夏彦かまことかと悩んで、まことと結婚する。10年後には破綻する。
イヴォンヌ―まこと―夏彦のほかに、まことの親友・竹久不二彦(夢二の息子)が登場する。まこととイヴォンヌの間に生まれた娘が、不二彦夫妻の養女になり、やがて画家として知られた存在になる。当然ながら、人間関係は錯綜する。
強烈な個性の親を反面教師に、あるいはその血を色濃く受け継いで生きる子どもたちの孤独、友情、放縦、離反……。戸部さんが語らなかったというより、語れなかった事実が『夢幻の山旅』にはあふれている。辻まことの娘さんが両親の墓を阿武隈の、いうならばウラヤマの静謐な自然のなかに求めたのは正解だった、と勝手ながら読み終えて思った。
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