3月になった。あと10日でまる6年。ふだんは意識の底にある東北地方太平洋沖地震・大津波、原発事故の記憶が、いやでも浮かび上がってくる。そのうえ、時折、大きな余震に見舞われる。
きのう(2月28日)夕方4時49分、強い地震があった。あのとき、いわき市では震度6弱だった。1か月後、いわきの内陸を震源に同じ6弱の余震がおきた。その後は、震度が下降線をたどりながらも、時折、はねあがって5弱を記録する。きのうも浜通りは5弱だった。
悲しいかな、この6年間で、体で震度が推し量れるようになった。それほど地震が続いている。震度3までは「おや、きたな」、震度4は「おっ、きた!」、5弱は「おおっ!」。きのうは「おっ」と「おおっ」、4から5弱の間と思われた。その前日、暦が26日から27日に替わったばかりの真夜中、寝入りばなを起こされた。震度4だった。
きのうは、カミサンがすぐ石油ストーブを消し、玄関の戸を開けた。私は、こたつに入り込んだままだった。腰を痛めていたので、機敏に動けない。それで逆に、地面を伝わってくる音と振動に肝を冷やした。
すぐテレビ(NHK)をつける。国会中継をしていた。少したって字幕が表示される。震源は福島県沖、津波の心配はない。それからゆっくり立ち上がってトイレへ行くと、階段の本が10冊近く落下しているのがわかった=写真。
あとで福島地方気象台のホームページで確かめる。浜通りは震度5弱だが、いわきは4だった。わが家では、4より5弱に近かった。
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