2024年7月10日水曜日

鬼平ならぬ鬼天

                                 
 なにか毛色の変わった読み物を――。家の本棚をながめていたら、フランソワ・ヴィドック/三宅一郎訳『ヴィドック回想録』(作品社、1989年第3刷)=写真=が目に留まった。

 帯の表のキャッチコピーがすごい。「詐欺が跳梁(ちょうりょう)、強盗が跋扈(ばっこ)、フランス大革命が生んだ悪の百科全書」だ。

 帯の裏の推薦文は種村季弘が書いた。「泥棒にして警察官、犯人にして探偵。いまでこそめずらしくないタイプだが、元祖ヴィドックはできたてほやほやの二重人。バルザックやユゴーのモデルとなったのもむべなるかなだ(略)」

 ざっと770ページ。しかも、2段組みという長大な回想録だ。最初から順を追って読んでいったら、終わりがいつになるかわからない。興味を持ったところから読んでいくことにした。

 この本がなぜわが家にあるのか。買った覚えはない。どこからかのダンシャリ本だ。その経緯がブログに書いてあった。

 所有者は、市役所取材を始めた24歳のとき、某課の課長補佐だった人だ。その後、課長、部長、助役(副市長)と、一般職員のトップにのぼりつめた。

 本人が読んだかどうかは、問題ではない。元助役の家にあったという驚きが、この本を引き取るバネになった。

すぐ池波正太郎『鬼平犯科帳』の鬼平こと、火付盗賊改方長谷川平蔵の名せりふが思い浮かんだ。

「人間(ひと)とは、妙な生きものよ。悪いことをしながら善いことをし、善いことをしながら悪事をはたらく」

公僕精神を貫くには人間の心の奥底にあるものを知らないといけない、それには小説が一番、とでも思っていたのではないだろうか。

それから4年。いつかは読もうと思いながらも、本棚に差し込んだままになっていた。

この5月以降、かかりつけ医院ではなく、そこからの依頼で、病院での検査が続いた。近々、血栓と出血リスクを同時に減らすための予防的手術を受ける。

気分転換を兼ねてパラパラやっていると、鬼平と同じようなあだ名に出合った。ヴィドックは、逮捕・投獄・脱獄を繰り返し、やがてパリ警察のアンリ警視に出会い、警察の密偵になる。

 このへんのくだりは、「鬼平犯科帳」とそう変わらない。アンリ警視は「鬼の天使」といわれていた。

 江戸の盗賊たちが長谷川平蔵を鬼平と陰で呼んだように、アンリ警視もパリの盗賊たちから「鬼天」と呼ばれていた。

 『鬼平犯科帳』の密偵たちとは違って、ヴィドックはやがて特捜班が誕生すると、正規の刑事になる。

いやはや、なんともまあ……。飛び飛びに読んでも、意想外な展開が待っている。バルザックやユゴーが飛びつくはずだ。というのが、3分の1ほどを読んだ段階での感想だ。

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