岩波書店のPR誌「図書」2024年11月号を読んでいたら、「古代小説の最高峰とされるヘリオドロス『エティオピア物語』」という文言に出合った。1700年ほど前につくられた小説だという。
西洋古典学者の中務哲郎さんが「『エティオピア物語』
とぐろをまく蛇」と題して寄稿したエッセーの中に出てくる。
日本の『源氏物語』は俗に「世界最古の小説」と言われている。それが成立したのは、平安時代中期の11世紀初めごろ、とか。つまり、1000年前だ。
『エティオピア物語』よりはずっと新しいのに、なぜ「世界最古」なのか――というあたりから、しろうとの調べが始まった。
1925年、アーサー・ウェーリー(イギリスの東洋学者)が『源氏物語』の最初の巻を英訳・出版する。
堀邦維(くにしげ)『海を渡った日本文学――「蟹工船」から「雪国」まで』(書肆侃侃房、2023年)によると、サイデンステッカーとキーンはそれぞれ、この英訳『源氏物語』から日本文学研究の道に入った。
ヤフー知恵袋によると、アーサーは、英訳では和歌の多くを割愛し、翻訳した和歌は散文に変更した。
すると、欧米の読者は詩文(和歌)の部分を文章で読み、「すばらしい心理描写の文章だ」と誤解した。
これが、欧米における「世界最古の心理主義小説」、そして源氏物語の決定的なイメージになった。
つまり、恋愛を主題にした「源氏物語は世界最古の小説」というのはこうした背景から生まれた。しかしそれはまちがいだし、源氏物語から勝手な冠をはずさないと源氏物語がかわいそうではないか。
というわけで、源氏物語と関係なく、「古代ギリシャの恋愛冒険小説」である『エティオピア物語』と向き合うことにした。
中務さんのエッセーは、岩波文庫から上・下2巻で出た『エティオピア物語』のPRだが、いわきの図書館には「上」しか入っていない。しかも、貸出中だ。
代わりに、「書籍アレクサンドリア図書館第12巻」として、下田立行訳『エティオピア物語』(国文社、2003年)があったので、それを借りて読んでいる=写真。
2人の監修者のうち、1人は中務さんだ。岩波であろうと、国文社であろうと、中身に変わりはあるまい。そう思って、国文社本を読み始めたら……。
――今しもうららかな一日が明けようとして、日の光が山の尾根を明るく照らし出していた。ナイル河が海にそそぐ、ヘラクレス河口と呼ばれる地点を見下ろすように延びる丘の上には、盗賊のようななりをした男たちが幾人か見張りについていた。(以下略)
中務さんが「図書」で紹介している冒頭部分と一字一句違わない。訳者はとみれば、岩波文庫も下田立行だ。
ということは、国文社本をそっくり岩波文庫本にしたのか。だとしたら、出版社同士で話し合いがもたれたのだろう。よけいな心配かもしれないが――と、つい思ってしまった。
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