2016年11月10日木曜日

グアム?いや、愚庵

 日曜日(11月6日)にいわき市立草野心平記念文学館で、吉野せい賞表彰式が行われた。式後、現代詩作家荒川洋治さんが「詩を知るよろこび」と題して記念講演をした。
 荒川さんがいわきで講演するのは3回目だ。最初は23年前の平成5(1993)年。講演後、主催者側の友人に誘われて、夜、田町(いわき市平の飲み屋街)で飲んだ。そのときのいきさつが『夜のある町で』(みすず書房、1998年)に収録されている。タイトルは「尋ね人」(初出は同年10月28日付日本経済新聞夕刊)。
 
 明治の歌僧天田愚庵の研究者である、今は亡き中柴光泰先生の話になった。というより、話をした。「ある方が、グアムの研究をしていると。おもしろいなあ。東北で、グアム島の研究なんてとぼくは思った。それが顔に出たらしい。天田愚庵のことですよ、と教えられた。それでもぼくはわからない」。それから荒川さんは愚庵について調べ、瞠目する。
 
 時は巡って、『夜のある町で』出版から12年後の平成22(2010)年。いわき民報の元日号で「国民読書年」の特集が組まれた。平成17年7月、文字・活字文化振興法が制定・施行される。5周年に当たる同22年を「国民読書年」とすることが国会で採択された。それを受けての特集だった。〈いわきゆかりの本をひもとく〉に荒川洋治さんの『夜のある町で』が紹介されていた。
 
 そのときの記事の一部。〈朝のラジオ番組で、森本毅郎さんと文学や言葉について丁々発止のやりとりを繰り広げる現代詩人が書いたエッセー集。その中の「尋ね人」で、天田愚庵が登場する。いわきで“郷土の文化に詳しい地元の方たち”と食事した際、愚庵の存在を初めて知り、興味をもった著者は数奇な生涯を送った彼の足取りを調べる。「郷土の人物」にとどまる人ではない、と驚くのだった。〉

 記事を読んで苦笑した。“地元の方たち”の一人として、その場に居合わせた。私は、酒が入ると「アルコール性鼻炎」になる。発音があいまいになる。「愚庵」といっているつもりが、「グアム」と聞こえたのだろう。朝のラジオ番組もだれからか連絡がきたので、食事をしながら聴いた。おかしくて、むせりそうになった。

 吉野せい賞の表彰式が始まる前、受賞者と会食をした。記念講演をする荒川さんについて、昔、私の発音が悪くて「愚庵」を「グアム」と勘違いした、という話をしたら、本人が講演のまくらにそれを使った。予感があったので、おかしくて、下を向いて笑いをかみ殺した。
 
 講演の途中で、いわきのニュースをきめ細かく伝えるいわき民報にも言及した。荒川さんは福井県出身だが、「ある理由で」いわきには縁がある。それで、いわき民報についてもリップサービスをしたのだろう。
 
 見過ごされているもの、見捨てられていたもの、地方のもの、マイナーなものに、荒川さんは嗅覚がはたらく。だからこそ、愚庵やいわき民報といった「ご当地もの」にも言及した。
 
 きのう、その荒川さんの講演記事がいわき民報に載った=写真。コンパクトにまとまっていた。久しぶりに中身のある講演記事を読んだ。普通の講演会記事は演者とタイトルを書いて「開かれた」で終わり。読者はどんな話をしたのか知りたいのだが、記者は冒頭、写真を撮ってすぐ消えるから、肝心の中身が書けない。その逆、大々的に講演記事で紙面を埋めるのも悲しい。ほどほどの分量が読者には好ましい。
 
 吉野せい賞表彰式・記念講演会を取材した記者と、5年前の「国民読書年」特集で『夜のある町で』を取り上げた記者とはイコールだろう。丁寧に取材すれば、「読まれる記事」ができる。
 
 話は変わって――。「口語の時代は寒い」。荒川さんの有名な詩句だ。きのう(11月9日)は一日、テレビにくぎ付けになった。アメリカからの衝撃波が日本の片田舎の猫までも震撼させた。「トランプの時代は寒い」だけでなく怖い? それとも……。

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