2010年4月29日木曜日

苗湖分溝八図横巻


郡山市の安積国造神社に、大須賀筠軒(いんけん)詩画・岡鹿門(ろくもん)詩の「苗湖分溝八図横巻(びょうこぶんこうはちずおうかん)」が所蔵されている。4月25日、いわき地域学會の春の巡検が郡山で行われ、宮司の安藤智重さんのご好意でこの巻物を見ることができた。

同神社は江戸時代後期の儒学者安積艮斎(1791~1860年)の生家でもある。艮歳は江戸へ出て佐藤一斎や林述斎らに学び、私塾「見山楼」を開いた。昆斎門からは英才が輩出した。大河ドラマ「龍馬伝」の主要人物、岩崎弥太郎もその一人。磐城の筠軒と仙台の鹿門も昆斎に学んだ。

「苗湖分溝」とは猪苗代湖を取水源に、明治15(1882)年に完成した安積疎水のこと。この年、旧知の筠軒と鹿門が落ち合い、「百世に国益をもたらす一世一代の偉業をたたえて景勝を記録にとどめることにした」。それが「八図横巻」だ。

横巻は仙台の鹿門に学んだ御代田有年(金透小初代校長)の所有だったが、有年が帰郷する際、教え子たちに贈り、散逸を恐れた教え子たちがこれを安積国造神社に奉献した、という経緯をたどる。昆斎の縁によるものだろう。

神社会館4階の安積昆斎記念館で宮司さんの説明を聞いたあと、大広間で「苗湖分溝八図横巻」を見る=写真。縦24.5センチ。横は6メートル56センチもある。一行は、いわきが誇る日本有数の漢詩人、そして画家でもある筠軒の作品をこの目に焼き付けた。神社が発行した翻字・訳注本『苗湖分溝八図横巻・安藤脩重翁碑』も一冊ずつちょうだいした。

引き続き場所を変えて安積昆斎について学んだが、ここでもサプライズが用意されていた。昆斎研究家でもある佐藤栄佐久前知事があいさつを兼ねてミニ講話をした。実は、前知事が2月にいわきで講演した際、昆斎―筠軒に触れていたことから、地域学會のY副代表幹事に骨を折ってもらい、ミニ講話が実現したのだった。

宮司さんは、午後にはガイド役を買って出た。ありがたかった。安積開墾発祥の地・開成館を見学し、『横巻』最後の図「郡山公園飛瀑」をこの目で見た。筠軒たちはここで滝見酒を楽しんだ、などという宮司さんの懇切丁寧な解説があって、より深く理解することができた。天気にも、人にも、資料にも恵まれた最良の一日となった。

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