夏井川渓谷を代表する樹種は赤松。急斜面の至る所に径1メートル前後の大木が生える。とはいえ、この十数年間であらかた松くい虫にやられた。亀甲模様の樹皮がはがれおち、卒塔婆のように白く立ち枯れているのが目立つ。
渓谷の小集落・牛小川は左岸にある。県道小野・四倉線、JR磐越東線が集落を貫いている。鉄道はトンネルが連続する。トンネルの上の急斜面にも赤松林が広がっている。右岸にやや遅れて、左岸の赤松も松くい虫にやられた。
右岸の松と違って、左岸の松は根元近くの幹に「キツネ顔」ができている。地元の古老の話では、先の戦争末期、航空機の燃料にするため松脂(まつやに)を採取した。その痕跡だという。
松の根っこを掘りだしてつくる松根油とは別に、天然ゴム同様、松の幹に何本か切れ込みを入れて、そこからしみ出す松脂を採取し、テレピン油を製造した。赤松の天然林とはいえ、燃料のもととなるテレピン油はいくらもできなかったろう。
三重、四重のVの字に切れ込みが入った「キツネ顔」は、その意味では知る人ぞ知る「戦争遺産」だった。それがしだいに立ち枯れ、折れたり、倒れたりするようになった。先日、1年ぶりで急斜面をのぼったら、新たに数本が折れ、倒れていた。
無残なオブジェと化していたものもある=
写真。夏井川渓谷に通い始めた15年あまり前、初めて写真に収めた「キツネ顔」の赤松だった。この「戦争遺産」も間もなく消える。
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