2010年10月13日水曜日
旧漢字
黒板に字を書いていた講師が、突然、「てのひら」ってどう書くんでしたっけ、と指を宙に浮かして受講者に聞いた。「掌」を書こうとして、「尚」と「手」のつながりがあいまいになったらしい。
私は、年齢が講師よりほぼ一回り上だから、ときどきそんなことがおきる。パソコンを使って文章を打っている以上、避けられない現象だ。ま、私の場合は度忘れのほかに老化もある。「掌」以上に画数の多い複雑な漢字は、すっかり忘れているに違いない。とにかくこまめにメモをとること――それ以外に対処法はない。それでも忘れる。
年に何度か他人の文章をまとめて読む。いわゆる旧漢字で書かれた文章にも遭遇する。分かりやすく、簡潔に――をなりわいにしてきた身としては、なんでわざわざ煩瑣な作業をするのかと疑問に思うのだが、旧漢字派にはそれなりの思いがあるらしい。作家のなかにも歴史的仮名づかいと旧字体(旧漢字)で通す人がいる。日本の言語状況に対する批判があるのだろう。
旧字体を象徴的に浮かび上がらせたのが、今年の8月15日に合わせてテレビで放送された、倉本聰脚本のドラマ「歸國」だった。なんでタイトルが旧漢字なのかはすぐに了解できた。先の敗戦まで漢字は旧字体(旧漢字)だった。新字体の世界、つまり戦後との違いを旧字体で浮かび上がらせたのだ。
その後、台湾を訪れて、向こうでは今も旧字体、いや昔からの繁体字を使っていることを知った。ガイドの青年が教えてくれた。テレビ・新聞ももちろん、繁体字。「颱風」「總雨量」「毫米(ミリメートル)」「萬(まん)」「鐵(てつ)」といった旧漢字が躍っていた。
街中の看板=写真=にも「國際畫廊(がろう)」「舞藝舞蹈」「電腦」といった難しい字が並ぶ。台湾が国際的に独立した国として認められていれば、台湾の漢字文化は「世界文化遺産」に認められるに違いない――ガイドの青年が胸を張った。それほど漢字を大切にしているクニがある。パソコンまかせで字形がうろ覚えになりつつある人間には驚きだった。
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