小説の『ゲーテはすべてを言った』(朝日新聞出版、2025年)=写真=を読んでいる。23歳の若さで芥川賞を受賞した大学院生鈴木結生(ゆうい)さん=福岡市=の作品だ。
カミサンの知り合いが「読んだから」と言って持ってきた。カミサンが本を差し出したので、飛びついた。
鈴木さんは福岡市で生まれたが、牧師である父の転任に伴い、1歳から小学5年生まで福島県郡山市で過ごした。小学3年のときに東日本大震災に遭遇し、避難生活も経験した。
まだ前半を読んだだけだが、特に目に留まった二つのことを紹介する。一つはトーマス・マンのゲーテ評。これにはうなった。
「あらゆることを知ろうとし、あらゆることを知らせてもらって、他人が偶然に持っている知識をわがものにしようとした……もっとも包括的な、もっとも全面的なディレッタント……総合的アマチュア」
アマチュアかどうかはともかく、総合的な人間だったことはまちがいない。それを紹介するくだりを要約すると――。
「ファースト」の詩人、「ゲッツ」の劇作家、「ウェルテル」の小説家にとどまらない。ニュートンに反論した自然科学者、モーツアルトの天才を見抜いた音楽家、ナポレオンから握手を求められた政治家でもあった。
私は区内会の役員として、政治家ゲーテの4行詩「市民の義務」を座右の銘にしている。
「銘々自分の戸の前を掃け/そうすれば町のどの区も清潔だ。/銘々自分の課題を果たせ/そうすれば市会は無事だ。」
この4行詩は、彼の死の直前に書かれたという。彼はヴァイマル公国の宰相として、さまざまな社会施策を実施した。
自治体の首長が「市民と行政の協働作業」をいうときに、いつもこの4行詩が思い浮かぶ。
それから、もう一つ。パスカルの有名な言葉「人間は考える葦である」にからめて、今の学生の一部は「考える葦」を「考える足」と思っている、というエピソードが紹介される。
私は新聞記者をしていたので、「記者は『足で稼ぐ』だけではだめだ、『考える足』になれ」と自分に言い聞かせ、後輩にもそうアドバイスしてきた。むろん、パスカルの言葉のもじりではある。
記者なら現場を取材するのは当たり前。しかし、同じような交通事故でも1件1件違う。なぜ起きたかを深く考えよ――。若いときの事故取材が「考える足」を生み出すきっかけになった。
少し気取っていえば、今を直視し、過去を踏まえて未来につながる思考を深めること、でもある。
さて、『ゲーテはすべてを言った』には、ゲーテを軸に古今の名言がたくさん登場する。「ゲーテ曰(いわ)く、『ベンツよりホンダ』」。そんな現代のジョークも飛び出す。
23歳にしてこの博識、郡山時代からの膨大な読書量には、ただただ舌を巻くばかり。
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