2025年5月30日金曜日

『心臓とこころ』

 カテーテルによる「左心耳閉鎖術」を受けて10カ月余り。術後1年になる7月にはエコー検査などで経過をみる。

 子どものころから慢性の不整脈とともに生きてきた。血圧も高めだった。東日本大震災を機に症状が進み、血圧のほかに心臓のクスリも飲むようになった。

 その中で行われた左心耳閉鎖術だ。心臓由来の血栓の90%は左心耳で形成される。血栓による脳卒中を予防するのが目的だった。

心臓にも耳があることを初めて知った。ハートに羽がついたり、矢が刺さったりしたイラストにはなじんでいるが、耳のあるハートはまだ見たことがない。

ある日、図書館へ行くと、新着図書コーナーに心臓の本があった。ためらうことなく借りて読んだ。

ヴィンセント・M・フィゲレド/坪子理美訳『心臓とこころ――文化と科学が明かす「ハート」の歴史』(化学同人、2025年)=写真。

著者はアメリカの心臓専門医だそうで、長らく心臓に関する文献を収集してきた。その知見が本書に反映されている。

一般向けの教養書である。心臓=こころを表すハートのマークはいつころから使われるようになったのか。この一点だけでも興味がある。

明確に断定できる材料はない。本書の冒頭でスペインの洞窟壁画に触れ、後期旧石器時代、マンモスの絵の胸に赤い心臓のようなものが描かれていることを紹介している。

旧石器時代から人間は心臓をハート型のものとしてとらえていた、ということを暗示しているのだろうか。

下って11世紀。キリスト教神学では、ハート型がイエス・キリストの心臓を象徴するようになった。

さらに15世紀。ルーブル美術館に展示されている作者不明のタペストリー「心臓の捧げ物」(本書のカバー画像)についての説明。心臓はこころ=愛ということが含意されている。

「騎士が自分の心臓、すなわち自らの愛の象徴を、親指と人差し指の間に挟んで掲げている。心臓の形は、今の私たちがハート型として認識している印とよく似ている」

トランプのハートにもいわれがあった。ヨーロッパ中世の封建制度における身分を表しているという。

スペードは紳士階級、ハートは「純粋な心」の聖職者階級、ダイヤは商人階級、クラブ(クローバー)は農業もしくは小作農階級――なのだとか。

バンクシーの「風船と少女」は「風に運ばれていく赤いハート型の風船に手を伸ばす幼い少女の姿」を描いたものだ。著者は、現代アートには心臓のモチーフが浸透しているともいう。

それよりなにより、現実の心臓病の教材として心に残ったのが、あのオノレ・ド・バルザックだ。

彼は「うっ血性心不全」を抱えていた。体には水分がたまり、足は浮腫でむくみ、やがて感染症から壊疽(えそ)を起こして、51歳で亡くなった。

    そう、バルザック的むくみには気を付けないといけないのだ、きっと。 

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