2016年8月21日日曜日

サハリン⑩白鳥湖

 サハリンとシベリアの旅から帰って、それこそン十年ぶりで「銀河鉄道の夜」を読み返した。宮沢賢治の北方志向性をあらためて思った。 
 ジョバンニの父親は漁師で、北の海へ漁に出かけている。父親は大きなカニの甲羅とトナカイの角を学校に寄贈したことがある。今度はジョバンニにラッコの上着を持って来るかもしれない。
 
 20歳のころ、賢治の童話をむさぼり読んだ。ジョバンニやカムパネルラといった名前から、「銀河鉄道の夜」の舞台はイタリアのどっかの街、と思っていたが、やはりこれは北の街の物語だ。カニ・トナカイ・ラッコ……サハリンで目にし、耳にしたモノたちが重なる。
 
 ユジノサハリンスクから北の元泊(ボストチヌイ)へ行き、賢治ゆかりの栄浜(スタロドゥブスコエ)へ戻る途中、賢治が「銀河鉄道の夜」の発想を得たとされる白鳥湖に寄った。

「銀河鉄道の夜」には「白鳥の停車場」が登場する。次の南の駅は「鷺の停車場」。海岸道路に沿う林の切れ目の奥、湿地の向こうに白鳥湖が広がっていた=写真。道路の反対側、海岸寄りの水辺の林にはアオサギの集団ねぐらがあった。偶然だが、白鳥の次は鷺だった。

 北極圏で子育てを終えたハクチョウは、日本列島などへ南下して越冬する。春はその逆で、北極圏の繁殖地へ向かって北上する。サハリンでは南下・北上の途中、白鳥湖などで一時羽を休めるそうだ。それを狙う密猟者もいると、ガイドのワシリーさんが眉をひそめた。

 銀河鉄道の列車には、カムパネルラのほか、タイタニック号の遭難者と思われる集団も乗り合わせる。カトリック風の尼さんもいる。「もうぢき白鳥の停車場だねえ」「あゝ、十一時きっかりに着くんだよ」。ジョバンニとカムパネルらのそんなやりとりに、現実の白鳥湖や栄浜駅跡、湖沼、海岸、アオサギの集団ねぐらが重なる。
 
 白鳥湖の岸辺の樹下にクルマユリの花がひとつ咲いていた。サハリンの旅の記憶のなかで、なぜかこれだけが強烈な色を発している。

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