きょうは9月11日。東日本大震災から5年6カ月の節目の日だ。アメリカの同時多発テロ事件が起きた日でもある。
阪神・淡路大震災のとき、あちこちから黒煙が上がるNHKの空撮映像を見て早く職場へ行かなくては、と心がざわついた。遠く離れたいわきの人間にも衝撃だった。3・11。茶の間は落下物でめちゃくちゃになった。テレビも倒れた。それを元に戻してスイッチを入れ(停電は免れた)、やがてNHKがライブで追った大津波の空撮映像に言葉を失った。この映像から国内外の関係機関が救援へと動いた。テレビの力である。
同時多発テロ事件は、2001年9月11日深夜のテレビで知った。いわきフォーラム’90主催のミニミニリレー講演会が開かれた。知り合いの住職夫人が寺の1年について話した。そのあと、どこかに寄って話者らとお茶を飲み、帰宅してテレビをつけたら、旅客機が超高層ビルに突っ込む映像が繰り返し流された。何がおきたのか、最初は理解ができなかった。
あとで知った9・11に、1973年のチリ軍事クーデターがある。選挙で選ばれたアジェンデ社会主義政権が倒される。ピノチェト軍事独裁政治が始まる。抵抗する労働者や学生が虐殺され、行方不明になった。
同時に(これも受け売りだが)、ミルトン・フリードマン(のちにノーベル経済学賞を受賞)のシカゴ学派が、クーデター後のチリで市場原理を重視した経済政策を「実験」する。その流れの先にレーガン、サッチャー、中曽根・小泉らがいる。光と影、功と罪。富める者は富み、そうでない者は格差と貧困に苦しむ世界が広がった。
アジェンデ政権下で駐仏大使になり、任期中の1971年、ノーベル文学賞を受賞した詩人パブロ・ネルーダが好きだった。がんに侵され、帰国した翌年、クーデターが起き、そのさなかにアジェンデ同様、悲惨な最期を遂げた。
身近な9・11もある。きょうは初めて、カミサンが平の「三町目ジャンボリー」=写真(今年6月)=に参加する。シャプラニール=市民による海外協力の会が手がけているバングラデシュやネパールの手工芸品などを展示・販売する。品物の搬入出を手伝わないといけない。その前に、朝、近くの小学校の体育館へ出かけて市議選の投票をすませる。
きのうは午後3時ごろ、川向うの空で大きな音が鳴った。平・菅波は愛宕神社の松明(たいまつ)祭りの開催を告げる花火だった。きょうが本祭り。平・飯野八幡宮でもきのうに続いてきょう、流鏑馬(やぶさめ)神事が行われる。いろいろな9・11がある。
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