2020年10月18日日曜日

山寺のある景観

                    
   谷には橋が架かり、そばの“とんがり山”とそのつらなりの尾根に抱かれるようにして、山寺の甍(いらか)が見える=写真上1。それを橋のこちら側、カーブしながら橋へ下る坂の途中に車を止めて眺める。山腹を縫う道路ができたことで生まれた新しい景観だ。

拙ブログでたびたび取り上げているいわきの福島県広域農道(四倉・玉山~小川・高崎間10キロ弱)が、四倉町八茎地内で渓流・仁井田川と出合うあたり――。見た目には「深山幽谷」だが、実際には平地の里からちょっと奥まった「裏山」にその寺がある。

地理院地図によれば、“とんがり山”は標高約230メートル、山寺は175メートルほど、橋は100メートル前後、坂道の視点場(ビューポイント)も橋よりはちょっと高いくらいだろうか。

寺は八茎寺(はっけいじ)。僧・徳一が開いたとされる「磐城三薬師」のひとつ、八茎嶽薬師が境内にある。佐藤孝徳監修・今井速水著『いわきのお寺さん』(平成3年刊)によると、同薬師が草創されたのは今の場所より高く、経塚に近いところ――だった。

本多徳次著『いわき北部史 四倉の歴史と傳説』(昭和61年刊)には、片倉山の頂上付近に薬師堂が造営されたが、野火で焼失し、残った門だけを下の八茎寺に移した、とある。「元の薬師堂の跡地の右上には石を敷きつめた経塚の跡が今も名残をとどめている」という本文に併せて、経塚跡を示す写真が載る。その絵解きでは、「片倉山」は「八茎山」になっている。

8月末、M君の案内で八茎の銅山跡などを巡検し、八茎嶽薬師も参拝した。そのときの話も重ねると、“とんがり山”が片倉山=八茎山ということになる。すると「八茎嶽」も同じだろう。

道らしい道もなく、人家もまばらだった、いやそれさえなかったかもしれない大昔――。平地からちょっと入ったところにとんがった山があり、背後の谷には滝がある。その山のてっぺんに薬師堂が建った。絵柄としては山水画の極致のような構成だ。

いや、山水画を見るようにふもとから山を、寺を見るだけでは一面的に過ぎる。その風景のなかに没入して初めて、薬師様のご利益も得られる、というものだ。9月初旬に再び寺を訪ねたときには青空が広がっていた。境内から海が見えた=写真上2。“とんがり山”からだと、眺めはいっそう広く大きいに違いない。

海を見るのにいい場所と、その場所を山腹から見上げるのにいい場所と――。広域農道が生み出した安らぎの景観ではある。

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