2020年10月16日金曜日

ペンローズの三角形

                    
 若い仲間が「これ、聴いてみてください」と、音楽グループ「ヒカシュー」のCDアルバム2枚を貸してくれた=写真(カキの紅葉を添えてみた)。車の中で聴いている。ヒカシューのリーダーで詩人・作曲家巻上公一に興味がある。モンゴルの北、トゥバ共和国の「ホーメイ」(喉歌=のどうた)もこなす。今年(2020年)創設された大岡信賞を受賞した。不思議なボイスパフォーマーだ。

巻上著の『声帯から極楽』(筑摩書房)を読んでいたら、ラルフ・レイトン/大貫昌子訳『ファインマンさん最後の冒険』(岩波現代文庫)が出てきた。それも読んでみた。日本とアメリカの人間の、トゥバやホーメイへの傾倒ぶりが面白かった。

「ファインマンさん」は『ファインマン物理学』で知られるノーベル物理学賞受賞者のリチャード・ファインマン(1918~88年)だ。余暇の楽しみは金庫破りで、ドラムをたたくミュージシャンでもあったそうだ。

 なぜこんなことを書くかというと、ブラックホールの研究で今年(2020年)のノーベル物理学賞を受賞した3人のうちのひとり、ロジャー・ペンローズ(1931年~)は、余技が「だまし絵」で、「ペンローズの三角形」とか「ペンローズの階段」で有名な人だという。受賞のニュースを受けてフェイスブック友がだまし絵のことを紹介していて、がぜん、興味を持った。

 本業ではずば抜けた業績を残し、余暇では子どものようにだまし絵に熱中する。そのだまし絵がマウリッツ・エッシャー(1898~1972年)を刺激した。エッシャーの「上昇と下降」はペンローズの階段を、「滝」はペンローズの三角形を応用したものだという。ペンローズはエッシャーのファンでもある。

 いわき市立美術館で、10月25日まで「メスキータ展」が開かれている。サミュエル・イェスルン・デ・メスキータ(1868~1944年)は、エッシャーの美術学校時代の恩師だ。

メスキータもまた、だまし絵を描いた。木版画「ヤープ・イェスルン・デ・メスキータの肖像」は、鼻と口がそのまま獣の顔になっている。作品をさかさまにして見ると、蝶(ちょう)ネクタイが黒い髪の毛の人間の目になり、ずらした眼鏡と目がカエルの顔のように見える。が、だまし絵はやはりエッシャーの方が優れているそうだ。

 ヒカシューのアルバム『生きること』もまた、だまし絵のような音楽だった。「まえにいたのは」では草野心平の「カエル語」のような擬音が続き、「べとべと」では能や狂言の世界にまぎれ込んでしまったのではないかと思わせる歌い方になる。「カモノハシ」は歌詞からして新幹線を歌ったものだとわかる。「オーロラ」からは「警句」を受け取った。「氷がだんだん溶けていく/海にはモグラが浮かんでる」

 挿絵が、だまし絵ではないがエッシャー風なのがおかしい。逆柱(さかばしら)いみり(1968年~)という漫画家・イラストレーターの作品だ。迷宮を妖怪たちがうごめいている。絵に、歌に、だまされたように没入する。と、凝り固まった精神がほぐれていく。

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