2008年4月6日日曜日

いわき絵のぼり


まずは、いわき市教委発行の『いわき市の文化財』から。「いわきには男子の誕生を祝って、端午の節句に、子供の母親の実家から絵のぼり(こばたともいう)を贈るならわしがあった。男子が強くたくましく育って欲しいという願いをこめた縁起物である。五月の空に武者絵のはためく風情はいわきの風物詩でもあった」

4月4日のNHK「ワンダフル東北」を見た。タイトルは<ここに技あり・いわき▽風を読む干物づくり▽歴史を守る宮大工▽のぼり作り>。いわきの優れた職人とその技を紹介していて、引き込まれた。

<のぼり作り>では旧知の石川進・貞治さん兄弟が登場した。平の郊外にある石川さんの工房が映る。一見、農家風である。やがてカメラは石川さん兄弟と進さんの息子さんの3人が「こばた」の武者絵を製作している様子をとらえる。

映像を通じてとはいえ、初めて兄弟の仕事の現場を見た。貞治さんが描いた下絵に3人が色を染める。進さんが「ぼかし」という技法について説明する。グラデーションのことだと思うが、なにか格闘しているような、張り詰めた雰囲気がある。真剣勝負と言い換えてもいい。茶の間で見ているこちらも、思わず姿勢を正した。

やがて貞治さんが新しく考案した武者絵=写真・NHKテレビから=の話に移った。超縦長の「こばた」に絵を描くことの難しさと、それゆえの創意工夫、やりがい。貞治さんの筆が力強くはねる。そして、「2代目石川幸男」襲名の話。

「石川幸男」とは、兄弟の父親のことだ。生前はいわき市の無形文化財(いわき絵のぼり製作技術)に認定されていた名人である。その名を、弟の貞治さんが襲った。進さんの配慮も含めて拍手を送りたい。

そういえば、同じ絵のぼり製作技術でほかに2人(高橋晃平、宇佐美シヅイさん)が無形文化財に認定されていたが、いずれも亡くなった。さいわい後継者がいる。宇佐美さんの場合は孫が伝統を受け継いだ。旧知の父親と飲み屋でばったり会ったとき、「私の息子がその孫」と知って、いささか驚いた。

再び『いわき市の文化財』から。「戦後、材料難と社会情勢の変革の中で製作機会が減少し、技術者が極端に消滅してしまった」。新しい後継者はそれこそ、先代から受け継いだ技能を伝承し、「健全な製作を続ける貴重な存在」だ。
数が少なくなったとはいえ、端午の節句が近づくと、いわきの郊外では「こばた」がはためくようになる。間もなくその季節を迎える。

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