2015年8月1日土曜日

アンコールの石たち

 いわき市立美術館で開かれている「神々の彫像 アンコール・ワットへのみち展」は、丸彫りの石像が“売り”。2階に二つある企画展示室のほかに、両展示室をつなぐ東側のロビーと、西側の展示室出入り口ロビーにも石像が並ぶ。神や仏が遊ぶ庭を巡っているようだ。
 東側2階ロビーには自然光が降りそそぐ。吹き抜けになっている1階ロビーから、そのロビーに展示されている石像群がアプサラダンスを踊る影絵のように見えた=写真。これはこれでおもしろい、悪くない、なんて思った。

 日曜日(7月26日)午後、岩石学者の内田悦生早稲田大学教授が「アンコール遺跡の謎を解く――岩石学からのアプローチ」と題して講演した。彼の著書『石が語るアンコール遺跡――岩石学からみた世界遺産』(早稲田大学出版部、2011年)を急いで読み終えたばかりだったので、頭を整理する意味で出かけた。

 講演のポイント。①アンコール遺跡群では灰色~黄褐色砂岩が最も重要②赤色砂岩は「バンテアイ・スレイ」だけ③クレン山の石切り場から運河を利用して34キロ先のアンコール遺跡群に石を運んだ④遺跡群の石は正方形から長方形に変わり、やがて乱雑なものになる――。

 非破壊検査で遺跡群の石の「帯磁率」を調べ、その違いから砂岩の石切り場が7カ所、ラテライトの石切り場が5カ所だったことを割り出した、遺跡の造営方法や年代も石から推定できた、というところがすごい。

 講演を聴いたあと、1階ロビーで開かれている「ニュー・アート・シーン・イン・いわき 松本和利展」を見る。初日に続いて2回目だった。そしてきのう(7月31日)夕方、金曜日の「夜間開館」に合わせてまた「松本和利展」を見た。

 たまたま直前に学芸員のブログで知ったのだが、「8月9日一部展示替え」の予定が急きょ、前倒しされた。作家が体調を崩して入院することになったためだという。彼は今年、62歳。知り合ってから40年以上になる。本人が案内状を持ってきたとき、重い病気にかかり、入院していたことを知った。
 
 夜になると輝く仕掛けになっている作品がある。それを確かめるためにも、夕方、街へ用事があった帰りに美術館へ寄った。学芸員のブログで紹介されていた、新しい作品も見た。

 学芸員のブログにこうあった。「2011年3月11日に、私たちは大きくかき混ぜられ、大切なものが沈んでしまい、また、おぞましいものが浮かび上がる思いを幾度となく繰り返してきました。/4年以上が過ぎた今、あの時の記憶も浮んだり沈んだり、さまざまに形を変えながら積み重なってきています」
 
 文章は、新しく展示された作品に触れながら「円状に広げられたカレンダーのように、大きな渦の中で細々とそれでも着実に厚みを持って積み重ねられた私たちの時間。松本さんの時のサンプリング」と続く。そうだったのだ、と了解する。「渦」がキーワードだったのだと。
 
 わが家の茶の間に2011年3月のカレンダーが張ってある。テレビを見ていると、いつも視界に入る。それも3・11の「時のサンプル」にはちがいない。あれ以来、自分のなかにも渦巻いているものがあることに気づかされる。

美術館から外に出ると、薄暮の熱気がまとわりついてきた。松本和利の顔が浮かんだとたん、なぜか目から汗がにじんだ。

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