2015年8月12日水曜日

“川中島”がきれいに

 平・鎌田町の夏井川流灯花火大会は、今は8月20日夜に決まっている。昔の流灯会は、当時の新聞によると、大正時代は旧7月16日、昭和5年には同7月20日(二十日盆)に開かれている。だいたい新暦9月の前半だ。大正13(1924)年は9月1日夜、「関東大震火災遭難」者の一周忌追悼を兼ねて行われた。
 夏井川流灯会(現流灯花火大会)は大正5~7年の間に始まったようだ。オープンデータ化されたいわき総合図書館の郷土資料(地域新聞)を時折チェックするが、今のところ5年か7年かは、私のなかでは“取材不足”のためにはっきりしない。
 
 年中行事化されたあとの「関東大震火災遭難追悼」兼流灯会の様子。「鎌田橋上は人の山を築き墜落しかねまじき雑踏にて警官は声を涸らして群衆を堰(せ)き止め青年団は提灯を振りかざして混雑を取繕った(以下略)」(大正13年9月3日付=2日夕刊=常磐毎日新聞)。大変なにぎわいだった。

 一説では、大正5(1916)年、鎌田山にある弘源寺の住職が、夏井川の氾濫による水難犠牲者と遊泳犠牲者を弔うために始めた。それを、2年後に鎌田町青年団が引き継ぎ、何十年もたったあとの21世紀に入って、地元の区内会が受け継いだそうだ。ほぼ100年の歴史をもつ。大正13年はお寺と青年団の共催だったことが新聞の記事からわかる。

 7月14日、いわき市文化センターで夏井川水系河川改良促進期成同盟会の総会が開かれた。親水空間づくり、河川拡幅などが行われた結果、鎌田から中神谷(かべや)の間に“川中島”がいくつか出現した。総会ではそうした場所でのヤナギ繁茂による水害不安を訴える声が出た。
 
 特に、流灯花火大会が開かれる平・鎌田の“川中島”は土砂が年々堆積し、ヤナギで覆われた。水害の不安と同時に、灯籠流しに支障をきたさないかという心配もふくらんだ。
 
 要望から1カ月もたたないある日――。鎌田の“川中島”のヤナギがきれいに刈り払われていた=写真。夏井川を管理するのは県いわき建設事務所。こんなスピード処理は近年、見たことがない。地元から要望が出ていたかどうかはともかく、公の場で要望を受けたからにはすぐ対応せざるを得なかったのだろう。地元区長としては「やれやれ」という気持ちだったのではないか。
 
 明13日から15日までは月遅れ盆、新盆回りが行われる。いわき地方では、新盆供養のじゃんがら念仏踊りの鉦(かね)の音が響く。20日、夏井川で流灯花火大会が開かれると、いわきの夏は終わる。

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