きのう(12月22日)は冬至。「昼」と「夜」の関係でいえば、きょうから徐々に日が長くなる「一陽来復」の節目の日だ。まずは、きのうの観光まちづくりビューローのフェイスブックから(文章は一部割愛、改行・連結などをした)――。
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【レイラインプロジェクト始動】
いわき市内に数多くある神社・仏閣、遺跡、神話や民話を新しい角度から見直し、それらを繋ぐ「ひとつのライン」で浮かび上がらせる新しいプロジェクトが始動しております。いわき市内にはどのようなかたちで結ばれたラインがあるのでしょうか?
今後、Facebookにてご報告していきます!
さて本日の調査報告について。
<調査:太陽の恵みをもたらす聖地>
12月22日(火)は冬至。「冬至の日に昇る太陽の方向が各神社の参道を明るく照らし、太陽の恵みをもたらす聖地であるのか」を調査いたしました。
結果、「本殿・鳥居・日の出の太陽を一直線に繋ぐ場所が、小名浜鹿島神社と子鍬倉神社の境内にある八坂神社で確認されました。他の調査した神社も若干のずれはあるものの、冬至の太陽の恵みをもたらす聖地として確認できるものと考えられます。
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「証拠写真」が何枚かアップされていた。未明、ビューローのスタッフが手分けして各地に飛び、カメラを構えて日の出を待ったのだろう。晴れていてよかった。
レイラインは英語の古語で「光の道」という意味だとか。前にも小欄で書いたが、夏至や冬至、春分・秋分といった1年の節目の日の太陽の光によって聖地が結ばれる現象・配置をさす。これに着目し、新たな観光につなげようという動きがいわきでも始まった。
この秋、観光まちづくりビューローから声がかかって、レイライン研究者の内田一成さんに会った。レイラインを計算に入れた伽藍配置ともいえる専称寺(平山崎=浄土宗)について、故佐藤孝徳さんから聞いた話をした。専称寺の裏山は竹林で鞍部になっている。そのへこみに夕日が落ちる。西方浄土へと死者を導く「山越(やまごえ)阿弥陀」そのものだ。
昔、春分の日に合わせて専称寺へ出かけて朝日を拝んだ。海から昇った太陽は本堂から1時の方向にあった。内田さんはノートパソコンで専称寺の地理的位置を探り、裏山が鞍部になっていること、本堂がやや北に向いていることを確かめ、春分・秋分の日よりは、夏至に朝日と本堂がまっすぐ結ばれるのではないかと推定した。
ネットで検索すると、「真正面に夏至の朝日が昇るところでは、真後ろに冬至の夕日が沈む」とあった。専称寺の本堂を中心点にすると、「夏至の日の出線」と「冬至の日の入り線」が一直線で結ばれることになる。「山越え阿弥陀」はそれこそ、冬至の夕日そのものではないか。
きのうは朝9時から遠出をし、専称寺の裏山に沈む夕日を見るために、午後3時すぎにはいわきへ戻った。図書館で本を借りたあと、いつも行き来する夏井川の左岸堤防に車を止めると――。残念、対岸・山崎の専称寺の裏山に夕日が沈んだばかりだった=写真。車を止めた場所がやや南寄りだったせいか、山際の残光も本堂の南側でより輝いていた。
きょうの天気は、「晴れのち曇りで夜は雨」。いちおう夏井川の堤防(川の参道=渡し舟で行き来したあたりがいいか)に立ち、あしたも堤防に行って、専称寺の裏山に沈む夕日を見るとしよう。
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