糠漬けにからんではっきり覚えている話がふたつある。冬も糠漬けを食べる家があること、篤農家のキュウリの糠漬けがうまかったこと、だ。
震災前の2010年晩秋。主婦の目で政治や経済をシビアに語る、古希を過ぎた「お姉さん」の家に夫婦で出かけた。甘い食べ物と一緒にハヤトウリの漬物が出た。聞けば、一年を通して休みなく糠漬けをつくっている。結婚と同時だというから、その家の糠床の歴史は50年を越える。
わが家は、夏は糠漬け、冬は白菜漬けと決めている。「お姉さん」はそうではなかった。白菜漬けもつくるし、糠漬けもつくり続ける。この漬物談議に刺激されて、私も冬、初めて糠床を眠らせずにかき回しつづけた。やがて3・11を経験する。9日間の避難所暮らしをへて帰宅すると、糠床の表面にアオカビが生えていた。まだ寒気が残るとはいえ、糠床は酸欠状態だった。
厳寒期の糠床はゾクッとするほど冷たい。乳酸菌の活動も鈍い。大根やニンジンが漬かるまでには、夏場の2~3倍の時間がかかる。冬も糠漬けを――は、その年だけでやめた。
震災後の2013年7月。それまで毎年そうしていたように、平北白土の篤農家・塩さんを訪ねた。塩さんのつくるキュウリはやわらかい。夏の暑い時期には、朝、糠床に入れたら夕方には食べられる。乳酸菌の活動が活発なときには昼に取り出して食卓に出すこともできる。塩家の糠漬けキュウリを食べての「学び」は、次のようなことだった。
キュウリの糠漬けは、大根と違って鮮度がいのち=写真。水分をたっぷり含んでいるうちに浅く漬ける(一昼夜寝かせると、少し塩気が強くなる)。シャキシャキとした食感ながら少ししんなりしたな、という漬かり方が、青臭くもなくしょっぱくもなくてうまい。
冬も糠漬けをつくる「おねえさん」は、今もきらびやかなドレスをまとい、ステージに立つときがある。土曜日(7月9日)、アリオスで「山崎典子ピアノリサイタル」が開かれた。「ピアノとフランスの詩でつづる夜の物語」で、「お姉さん」はポール・ヴェルレーヌ、アンリ・ミショー、ギヨーム・アポリネールなどの日本語訳詩を朗読した。
糠漬けをつくる主婦がフランスの詩を朗読するエンタテイナーでもあるという、いわきの市民文化の厚みを感じる90分だった。
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