2017年8月20日日曜日

文苑ひだ

 江戸時代、幕府の代官として名を残した人物に中井清太夫がいる。甲斐国(山梨県)の上飯田や甲府、石和・谷村の代官を務め、飢饉対策としてジャガイモを導入した。幕領・小名浜に転じてからも、ジャガイモの栽培を奨励した。当地でジャガイモのことを「セイダユウイモ」とか「セイダイモ」と呼ぶのは、この事績による。飛騨高山では「センダイイモ」と、少し音が変化する。
「文苑ひだ」第13号(1960年創刊、通巻96号)=写真。岐阜県高山市で年2回発行されている総合文芸誌だ。いわき市の例でいうと、今年(2017年)終刊した「うえいぶ」の先行誌「6号線」に似る。月刊「文藝春秋」がお手本らしい。

 高山出身でいわき在住の「文苑ひだ」同人、峠順治さんから恵贈にあずかった。峠さんの調査レポート「ジャガイモ考――いわきの方言にも『センダイイモ』があったよ――」が載る。12ページに及ぶ力作だ。

 高山周辺の年配者は今もジャガイモを「センダイイモ」と呼ぶ。江戸時代の代官(幸田善太夫説と中井清太夫説がある)が導入したとされる。峠さんの友人が生前、同誌第5号に「センダイイモ」という方言は中井清太夫に由来するものだと書いた。

「いわきにもセンダイイモという方言があるんじゃないの」。友人の電話を受けて峠さんの探策が始まった。原産地アンデスのインカ帝国~西欧~日本への伝播の流れを追い、中井清太夫の事績を調べ、ジャガイモの方言分布を可視化した。
 
 峠レポートから、日本へのジャガイモ伝播ルートは南方だけでなく、シベリア~樺太(サハリン)~北海道の北方説があることを知る。
 
 いわきの資料では、中井代官由来の「セエダエモ」だけで、「センダイイモ」は見当たらなかった。ところが、『日本植物方言集成』(八坂書店)に、「センダイイモ」に近い「センダイモ」がいわきの方言としてあった。「『センダイモ』という呼称は、石城(浜通り南部)即ち幕領小名浜地区で流布していたと思われる」と、峠さんは書く。
 
 峠さんがまとめたセンダイイモ系の方言分布のうち、福島浜通りが該当するものは三つ。①セイダ/セーダ/アカセイダ/アカセーダ=福島浜通り・東京・神奈川・山梨②セイダイモ/セイダエモ=福島浜通り・東京・神奈川・山梨③センダイイモ/センダイモ=福島浜通り・新潟・岐阜――。
 
 いわきの方言探索の結果、峠さんは、高山の「センダイイモ」は幸田善太夫ではなく中井清太夫に由来するとした亡き畏友の説に近づけた、と締めくくっている。
 
 そうそう、ついでながらいわきと高山ということでいえば、かつていわき市は日本一の広域都市だった。「平成の大合併」が行われた今は、高山市が日本一の広域都市だ。中井清太夫・ジャガイモ・日本一をキーワードにした市民交流があってもいいか。

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