2018年11月24日土曜日

十一屋の一升徳利

 いわき市平の本町通り(五町目)に、平七夕まつりに合わせて古本屋「阿武隈書房」がオープンしてから3カ月半。行くたびに古本その他が増えて、店内が雑然としてきた。
 若いころ、職場の近くに「平読書クラブ」という古本屋があった。昼休みにしょっちゅう立ち寄って、本の背表紙をながめながらおやじさんと雑談をした。書棚と書棚の間が狭かった。阿武隈書房も、平読書クラブのたたずまいに似てきた。足元に本が積んである。空いていた棚もすっかり埋まった。古本屋らしくなってきた、ということだろう。

 先日、車で店の前を通ったら、カミサンが叫んだ。「十一屋の徳利がある!」。店頭の隅っこに「十一屋」(と読んだが、それでいいのかどうか)の名が入った一升徳利が置いてあった=写真。

 十一屋は、江戸~大正期の平の歴史を彩る旅館兼雑貨・薬種・呉服などの店だ。幕末には函館からアメリカへ密航するため、船で太平洋岸を北上中の新島襄が上陸して泊まった。戊辰戦争時には、宿泊した幕府の人間からフランス式の砲術を学ぶために磐城平藩の若者が十一屋へ通ったという。大正時代になると、詩人山村暮鳥が出入りする。

明治40年代前半には、本町通りに十一屋が3軒あった。三町目に本家と染物屋、四町目に分家の染物屋(のち料理店)。昭和初期の地図を見ると、十一屋は四町目の料理店だけになる。

一升徳利はどこの十一屋がいつつくったのだろう。単純に考えれば、本店(本家)がつくり、お得意さんに酒やしょうゆの買い物用に配ったのではないか。十一屋が酒かしょうゆを売っていたとするなら、「また買いに来てくださいね」という“つなぎ”になるが、そのへんのところは、私にはわからない。

 ふだんは買い付けに飛び回っている阿武隈書房の店主がいたので、店頭に飾るまでの経緯を聞いたが、徳利などはたくさん出てくる。いつ、どこから手に入れたか、は覚えていないそうだ。いずれにしても、十一屋物件だとすると、謎、いや調べる材料がひとつ増えた。街の古本屋をのぞく楽しみがこんなところにある。

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