2023年10月25日水曜日

左川ちか詩集

                                
 図書館の新着図書コーナーに『左川ちか詩集』(岩波文庫、2023年)があった=写真。

 左川ちか? 聞いたことがあるような、ないような……。日本の近・現代詩史のなかで取り上げられる女性詩人のようだが、寡聞にして知らなかった。

 明治44(1911)年に生まれ、昭和11(1936)年に亡くなっている。わずか25歳という短い生涯だった。

岩波文庫に入るような、完成された作品を書いていたとすれば、早熟な天才肌の詩人だったことになる。さっそく借りて読んだ。

「卵をわると月が出る」(「花」)、「蝶は二枚の花びらである」(「神秘」)。卵の黄身を満月に、チョウの翅(はね)を花びらに例えた表現がおもしろい。いや、現代詩にも通じる新しさがある。

詩史的にいえば、左川ちかは昭和初期、モダニズム詩人の代表格と目された北園克衛(1902~78年)らに評価された。

日本のモダニズム文学は、昭和初期から欧米の文学作品、超現実主義などの文芸思潮の紹介を通して根付いた。

現代詩の分野では、詩誌「詩と詩論」などの運動として始まり、戦後も詩誌「荒地」や次の世代の「凶区」などに影響を及ぼした(ウィキペディア)。左川ちかも「詩と詩論」に拠(よ)った。

左川ちかは北海道の余市町に生まれた。異父兄の川崎昇と伊藤整が親友だったことから、兄を介して伊藤整を知る。やがて彼女は兄を頼って上京し、百田宗治の知遇を得、翻訳、詩作、編集の仕事を通じてモダニズム詩人に広く受け入れられたという。

これは、左川ちかを調べているうちに知った「おまけ」のようなもの。

同じモダニズム詩人に安西冬衛(1898~1965年)がいる。1行詩「てふてふが一匹韃靼(だったん)海峡を渡つて行つた」で知られる。

ユーラシア大陸(シベリア)とサハリン(樺太)の間にある海峡は、中国では「韃靼海峡」、ロシアやアメリカでは「タタール海峡」、日本では「間宮海峡」と呼ばれる。

この海峡は厳寒期に凍結する。7年前にサハリンを旅したとき、ロシアの自然に詳しい通訳がこんな話をしていた。

 「サハリンでは大陸にいるアムールトラやオオカミが目撃されることがある。ヤマネコも大陸から凍った海峡を渡って来るが、今は姿を見ることはない」

安西冬衛の詩は、海峡からいえば極小(チョウ)、チョウから見れば極大(海峡)の組み合わせが強烈な印象を残す。

その初出形(安西冬衛らが中国・大連で出した同人誌に掲載)は「てふてふが一匹間宮海峡を渡つて行つた」だった。語呂からいっても、「間宮海峡」ではインパクトが弱い。

実は、チョウ=花びらに触れたとき、安西冬衛の「てふてふ――」が思い浮かんだ。左川ちかは安西冬衛の1行詩をすでに自分のなかに取り込んでいたのではないか。

そんな「仮説」がわいて、安西冬衛の本も図書館から借りて読んだ。答えはむろん、得られなかったが、モダニズムの端緒のようなものには触れえたような気がする。

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