ロシアがウクライナに侵攻し、戦争を始めてから間もなく2年になる。ウクライナ西部の都市、リヴィウで暮らす詩人が、戦禍を逃れてきた人々から聞き取った言葉を本にした。
オスタップ・スリヴィンスキー作/ロバート・キャンベル訳著『戦争語彙集』(岩波書店、2023年)=写真。
カバー画に引かれた。黒色を背景に、紫がかったユリの花が描かれている。作者はキーウ郊外に住む画家アナスタシア・アヴラムチュークさん。
訳著者ロバートさんが現地に赴き、作者に会って話を聞いた。そのとき、彼女の仕事部屋に、この絵が無造作に置かれていた。
夫は被災した人の家の再建を手伝っている。ユリの花は、手伝いに出向いた家の庭にあった。
その家はロシア軍の砲弾で屋根が破壊された。息子は前線で戦っている。女性ひとりでは、再建はままならない。画家の夫だけでなく、本人も再建を手伝っている。
女性の家の隣家には彼女の妹が住む。老姉妹は庭でさまざまな花を育てている。ユリの花はそのなかの1本だった。
ロバートさんの質問に、アナスタシアさんが答える。「戦争の恐ろしい破壊と、この美しい花のコントラストを伝えるために黒い背景にしました」
「希望の象徴としての花を表現するために、黒色の背景に明るく軽やかな花を描いたのですね」「ええ、その通りです」
破壊された家は、すぐには再建できない。しかし、花壇をつくることはできる。そこに一筋の光が見える、ということなのだろう。
このカバー画が本の内容を象徴している。詩人は避難所でボランティア活動をしているうちに、『戦争語彙集』というアイデアを得た。
侵略戦争が始まるとすぐ、詩人は軍に入ろうとしたが不合格になった。ならば銃ではなく、ふだんやっていること、つまり文筆を通して、避難をしてきた人々の話を聞き、書き留めようと心に決める。
それが、「バス」から始まって「林檎」で終わる「77の単語と物語で構成した文芸ドキュメント」になった。
なぜバスが最初で、林檎が最後かというと、ウクライナ語のアルファベット順に並べられているからだ。
バスは「アウトーブス」、林檎は「ヤーブルカ」。ちなみに11番目の「キノコ」は「フルィーブ」というらしい。
これらありふれた日常の言葉は、戦争のフィルターを通すと全く違った意味合いを帯びてくる。たとえば、「ナンバープレート」。
砲撃された車の中から遺体を出したとき、身元を特定できるものは何もなかった。埋葬したあとに誰だかわかるように、墓標代わりに車のナンバープレートを引っかけた――。キーウ在住の男性の言葉だ。
「キノコ」は、昭和20(1945)年8月の広島・長崎を連想させる。人々は爆発の衝撃を受けて振り返る。すると、キノコ雲が空に昇っていくのが見えた。
東日本大震災の体験を重ねながら、能登半島地震のニュースを見聞きしている。そのためか「戦争語彙」は「震災語彙」でもあるという思いが募る。
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